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Netflixのウクライナドキュメンタリー「Winter On Fire」感想

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Winter on fire

大統領ヤヌコヴィッチの辞職を求めてウクライナの人々が立ち上がり、国家と対峙した時の様子を当時のデモ参加者の証言も混ぜながら追ったドキュメンタリーです。3ヶ月間という長い期間を耐え抜いて戦い、最終的に自由を勝ち取った人々の様子はあまりにも鮮烈すぎました。

昨年9月にキエフの街を訪れた際に撮った写真も含めつつドキュメンタリーの感想や、ウクライナ侵攻で思ったことなどを書いていきます。
この記事は10,000字を超えたので少し長めです。

メインビジュアル画像引用元:「More must-see documentaries on Netflix

Netflixのウクライナドキュメンタリー「Winter On Fire」とは

2013年11月21日から2014年2月23日の3ヶ月間にわたってウクライナで大規模に展開された反政府デモを追ったドキュメンタリーです。当時のデモの様子やデモ参加者の生の声、恐怖を感じさせる特殊部隊の暴力などが鮮明に描かれています。

2015年のトロント国際映画祭(TIFF)では最高賞の「観客賞」を受賞しました。Rotten Tomatoesでは批評家からは88%、一般人からは92%の高評価を受けています。

「Winter On Fire –Winter on Fire: Ukraine’s Fight for Freedom-」(原題:Зима у вогні: Боротьба України за свободу, Zyma u vohni: Borot’ba Ukrayini za svobodu
リリース:2015年10月9日
監督:Evgeny Afineevsky
制作国:ウクライナ、アメリカ、イギリス
言語:ウクライナ語、ロシア語、英語
上映時間:102分

Netflixのウクライナドキュメンタリー「Winter On Fire」公式予告編(英語字幕)

以下はNetflixによる公式予告動画ですが、残酷なシーンもあるためYoutubeでしか見ることができません。

Netflixのウクライナドキュメンタリー「Winter On Fire」感想

この感想記事の概要

  • 「Winter on fire」の感想
  • 日本社会との比較
  • ウクライナのロシア離れ
  • ロシアによるウクライナ侵攻について思うこと(2022/02/27追記)
  • 「難民」になってしまったウクライナ人達 (2022/02/27追記)

以下、ネタバレを含む感想です。

私は今回このドキュメンタリーを観るまで2013年~2014年のウクライナであんなに大きな革命が起きていたことを知りませんでした。このドキュメンタリーを観ようと思ったのも、先月(※2021年9月)にウクライナに行ったことでウクライナ社会への関心が少し沸いたからという理由に過ぎません。ただ、ドキュメンタリーに映されていたデモの様子は「デモ」という言葉のイメージとはかけ離れた、凄惨なものでした。

事の発端は2013年11月。

ウクライナのEU統合を国民に約束していた当時の大統領であるヤヌコヴィッチがその約束を反故にしたことが始まりです。1991年に旧ソ連から独立し、20年以上を自由の下で生きてきた人々、特に若者達にとってはEUへの加盟が無残にも消失したことで自分達の将来の希望だけでなく今後社会を担う子供達の希望さえも奪われたと憤慨します。

そして、そんな政府を自分達の手で終わらせるために「22:30にMaidanで」というFacebookの投稿を皮切りに人々はキエフ市街地の中心地である「独立広場」すなわち「Maidan(マイダン)」へと続々と集まり始めました。
それが2013年11月21日で、それから3ヶ月間も続くことになる大規模な市民革命の始まりの日です。

当初マイダンに集まった人々の多くは政府や大統領に対する怒りが行動の源でしたが、「自分達の自由なウクライナを取り戻すんだ」と前向きで明るい気持ちも抱いているようでした。多くの市民が集まり、政府に対する絶対的な意思表示を行えば政府も動かざるを得ず、平和的に市民の意思を届けられると思っていたんです。

マイダン広場の目の前。ウクライナ語で「I Love Ukraine」とある

ただ、市民達のデモを封じ込めるために特殊警察部隊「ベルケル」が投入されたことで自体は急変します。ベルケル達は丸腰の市民達に対して鉄の棍棒で殴りかかり、武力で人々の意思を抑え込もうとしたんです。ドキュメンタリーでは実際に殴らて血まみれになった人々や、逃げ惑う人々の様子も映されます。ただ、この時の武力投入はその後の期間に比べると序の口に過ぎませんでした。

自分達の平和的なデモに対して暴力を向けてくる警察や政府に対し、ウクライナの人々は逃げるどころかより一層「こんな腐敗した政府は終わらせるべきだ」と奮い立ち、ウクライナの冬は厳しいにもかかわらず来る日も来る日もマイダンに集まってきていました。
自発的な炊き出しや毛布や防寒具の支給も行われ、果てには教会の司祭達までもがただひたすらに自分達の国の将来のためにデモ活動に参加していました。ある修道院の男性は1240年にタタール人がキエフに攻め入ってきた時ぶりに修道院の鐘を鳴らして抗議もしています。

鐘がある聖ソフィア大聖堂

デモ参加者の世代は幅広く、10代20代の学生から、中年、白髪の高齢者まで男女問わずどの人もデモに参加していました。単純に瞬間的な高揚感に酔っているのではなく、本気で彼らはウクライナという祖国の将来を案じて、居ても立ってもいられずに外に飛び出てきていたんです。若い女性やおばあちゃんまでもがウクライナの国旗やモチーフを身に着けてデモ活動で主張していた姿は呆気にとられました。

でも、最初からデモ活動に熱心になるほどの愛国者だったわけではない若者達も大勢いました。彼らは普段は政治なんかに何の関心も持っていないタイプだったんです。そんな彼らですら「このままでは自分達の国が最悪な状態に陥ってしまう」と気付き、デモに身を投じていました。

ただ、ベルケルはそんな純粋な市井の人々に執拗な暴力を繰り返し、最初は音響閃光弾や催涙ガスを発射する程度だった攻撃も次第にゴム弾や実弾の銃撃に代わっていきます。「市民の意思を挫いて撤退させるため」というよりは、確実に「市民を負傷させ、殺すため」に武力を用いるようになっていました。

これは恐ろしいことだと思ったんです。本来なら市民を守るべき立場にいる警察が、汚職や利権にまみれた政府の駒となって市民に刃を向け、ましてやその市民を殺そうとまでしているんですから。いくら彼らが国家公務員として国のために働いていると言っても、「市民を殺せ」というような残酷無比な命令にあそこまで忠実に従えるものなのかと驚いたほどです。
これにはウクライナの人々も「なぜ同じウクライナ人に対してこんなことができるんだ」と散々疑問を口にしていました。

そんな中でも、ウクライナの人々はベルケル達に立ち向かうために一致団結して強固なバリケードを築き上げたり、退役軍人から戦い方を学んだり、各自が必要なことを率先して行うまでに連携が取れるようになっていました。

しかし、年が明けても状況は一向に変わらないどころか悪化していきます。2014年1月にはデモ活動を抑え込む法律が通り、ヘルメットを被ることや複数台の車で走行することも「違法」とされました。それに対して人々は「ヘルメットがダメなら鍋を被ればいい」と、鍋やバケツを被って政府に対抗します。

2014年2月にはデモ参加者の中から最初の死者が出ることになりました。しかもその時に亡くなった男性は多くの人から愛されていた人物だったため、人々の悲しみと絶望は余計に深まることになりました。

最初から最後までウクライナの人々の様子を見ていて私が感じざるを得なかったのは、彼らの持つ純粋な愛国心への羨望でした。彼らは祖国のウクライナのことを心から愛しており、だからこそそんなウクライナが歪んで腐敗していくことに我慢ならず、大統領辞職を求めて100万人もの人々が集まることになりました。
そして、最後に希望を勝ち取ったんです。

日本社会との比較

これが日本ならどうか、と思った時に私は日本人がウクライナの人々のような行動を取るとは思えませんでした。特に安倍政権以降日本社会は音を立てて崩壊していっており、今回のコロナ禍でも無能な政府によってコロナ対策はおざなりにされ、助かっていたはずの人々までもがコロナに苦しむことになりました。
でも日本ではウクライナほどの暴動もデモも起きていません。

私はこの理由は「日本人は秩序があるから」「日本人は民度が高いから」ではなく、ただ単純に「飼いならされた羊の群れだから」という理由の方が近いと思います。

思うに、日本の教育や社会は個人の意思を奪い、否定し、上からの一方的な価値観を押し付けることに特化しているように見えます。そしてそういう価値観に対して疑問を持ち、自分の考えを主張する人間は疎まれたり叩かれたりする代わりに、どんなに理不尽なことであろうが文句も言わずに黙って従う人間の方が社会からは歓迎されます。
私はこの傾向を「奥ゆかしい」とか「我慢強い」などと美化するのは危険だとすら思います。誰かからの指示に疑問を持たずにただ従うだけでは、その人が誤った方向に突き進んでいても止める人がいないからです。

日本社会ではやたらと満場一致が理想とされますが、反対意見が一つもない方が恐ろしいと思うんですよ。人間は本来なら全員同じ考えなど持っていないはずです。何か一つのことに対し、ある人は賛成しても、別の人は反対する、という社会の方が多様な価値観を堂々と表明できる健康的な社会だと思います。
一つの考えしか存在を許されない社会はファシズム社会か、もしくは戦時中の社会にしか思えません。

ファシズムの初期症状としてはLawrence Brittが唱えた「The 14 Characteristics of Fascism」が有名ですが、私自身は現在の日本社会は既にその条件に見事に悉く当てはまっていると思っています。

  • 強情なナショナリズム
  • 人権の軽視
  • 団結のための敵国づくり
  • 軍事の優先
  • 性差別の横行
  • マスメディアのコントロール
  • 国家の治安に対する執着
  • 宗教と政治の癒着
  • 企業の保護
  • 労働者の抑圧
  • 学問と芸術の軽視
  • 犯罪の厳罰化への執着
  • 身びいきの横行と腐敗
  • 不正な選挙

「異常」は最初は良く見えない形で日常のほんの些細なことから始まっていき、それが次第に日常の当たり前になってしまい、とてつもなく大きな違和感に気付いた時にようやく発覚します。
その時では手遅れです。

恐らく、子供の頃から自分の意見を持って相手と話し合い、多様な考え方の存在を認識してきた他の国では日本ほど急速にこの段階が進まないんじゃないかと思います。
そういう社会に生きる人々は自分達の日常を守るために政治に対して声を上げることを特別なことではなく「自分達が当たり前に持っている権利」だと考えています。反対に、日本ではそもそも自分よりも上の人間(最終的には政治家)に対し自分の権利を主張することすら一般的ではありません。
なぜなら子供の頃から権力者に歯向かわないように牙を折られ、従順になるよう育てられているから。

それは昨年夏のアフガニスタンの米軍撤退の際にも思いました。
タリバンに抵抗運動するアフガニスタンの女性達の姿を見た時に、教育の重要性をつくづく感じたんです(例えば「Afghan women living under Taliban fighting for their rights six months after insurgent takeover」)。

20年前に米軍がアフガニスタン駐留を始めて以降、アフガニスタン社会における女性や少女の人権はかなり改善されました。当時は女性の議員比率も日本よりも高かったほどです。本来なら女性の人権が抑圧されるはずのイスラム社会であんなにも多くの優秀な女性達が大学にも通えて高技能職に就き、夫や男兄弟に頼ることなく自分達の手で稼げていたのは、アメリカがもたらした教育によって社会の雰囲気が変わった結果でしょう。
そこでは彼女達は自分の意見を持つことを遠慮しなくてよく、そんな社会で育ったおかげでタリバンを前にしても勇気を奮って自分の当たり前の人権を主張できたのだと思います。

日本社会がウクライナやアフガニスタンと同じような状態になるとは思えないものの、腐敗した政治家が社会を牛耳っている状態には既に陥っています。ウクライナやアフガニスタンの若者達は自分の頭で考えた意思を表明できる社会で生きてきたからこそ、自分達よりもはるかに大きな存在に対しても声を上げることができたのではないかと考えると、どんなに酷い状況に追いやられても文句も言わない日本人はそもそも本当に自由な社会に生きていないんじゃないかとすら思いました。

ここでの自由な社会とは、「暴力や密告、逮捕に怯える必要が無い社会」ではなく「自分の考えを堂々と口に出せる社会」です。間違っていると思うことには怒り、自分が正しいと思うことであれば周りの人間の顔色など窺わずに迷わず行動に移す。そういう自由を持つことが日本社会では許されていないような気すらします。

日本社会が求めているのは「十人十色」ではなく「十人一色」です。そして、その「色」は権力者や社会の雰囲気に決められているので、個人に選択肢はありません。

ウクライナのロシア離れ

今回実際にキエフの街を訪れて個人的に感じたことを「言語」「市民感情」「通貨」の面から少し書いていきます。

1. 言語の壁

キエフの市街地を歩いていて感じたのは、「ウクライナ語だらけ」ということでした。バス停の広告も街の看板もメトロや空港の案内も飲食店のメニュー表記もあらゆるものがウクライナ語です(同じキリル文字であってもロシア語には無いはずの「i」が含まれていたらそれはウクライナ語)。

ゲストハウスやSIMカードショップで会ったウクライナ人達曰く、ウクライナでは5年前からサービス産業に従事する店員はウクライナ語で接客するのが法律による義務になったため、違反者は罰金を取られるそうです。
ただ、ウクライナ人の多くは家族や友人との日常会話ではロシア語を話しているため、本来なら母国語であるはずのウクライナ語の方が使用頻度は低いと話していました。でも、これは客側がロシア語話者や英語話者だったりした時に店員側がその言語を使って対応するのはOKらしいです。

この「ロシア語禁止令」は単にウクライナ政府が国民からの無策批判をかわすために利用しているだけの面もあるそうですが…

ウクライナ語併記の空港内案内

これを聞いた時に、私はウクライナがロシアと距離を置こうとしているのを切に感じると共に、ユーゴスラビアを思い出さずにはいられませんでした。というのも、かつてのセルビア語やクロアチア語はほぼ同じだったのに、ユーゴスラビア紛争時に民族間に対する憎悪感情が強まって人工的に言語を別々のものにした結果、今では二国間の人々は互いの言語を理解できなくなってしまったそうです。

これは私の個人的な経験ですが、例え外見が全く異なるものであっても相手と共通言語を話せて、相手の言っていることげ理解でき、互いに意思疎通できる場合はその相手に対する警戒心が一気に失せるどころかむしろ相手への親近感や親しみすら覚えることが多いです。
言語というのは自分とは異なる他者を理解し、受け入れるために最も大切なものだと思います。そのため、そのような繋がりを持てなくするために意図的に言語を破壊し、「自分」と「敵」とを明確に分ける過程に突き進むのは生半可な感情ではできない、つまり、相手に対する明確な拒絶が無い限り実行すら思いつかない、と思うんです。

2. 市民感情

キエフ市街地の聖ムィハイール黄金ドーム修道院の前を通り過ぎた時、その壁にずらっと並んだ故人の顔写真の多さに呆気にとられました。彼らは亡くなった年月別にまとめられており、全員が数年前のロシアとの衝突で亡くなった軍人でした。

また、その壁面写真以外にも、ロシアとの戦争時の様子を写したパネルが何枚も置かれていました。
一般的な戦争パネルというと戦意高揚のような勇猛果敢な姿や、笑顔で写る精悍な兵士というものが多い気がするのですが、そのパネルにあったのは野戦病院で横たわる血まみれの兵士や鬱蒼とした森で大砲や武器を持った真顔の兵士など、見ていて気が重くなるような写真が多かったです。

あのパネルからは祖国ウクライナのために戦う兵士の真剣さに加えて、ロシアに対する「許せない」という怒りや敵対心しか伝わってきませんでした。一般の人々が多く集まるはずの教会の前にあのようなパネルを掲げていたことに、「反ロシアへの意識を強めたい」という意図を感じました。

右側の壁は亡くなった軍人の写真で埋め尽くされていた

ただ、普段からロシア語を話して普通にロシア製品や食品を購入している一般の人々がロシアに対してどのように思っているのかはキエフに数日間滞在しただけでウクライナ人ともロクに話していない私には知る由もないです。

無理矢理日本にあてはめて考えるなら、日本政府や一部の過激派団体が反中や嫌韓を推し進めていても多くの日本人(特に若者)は中国や韓国の文化やPOPカルチャーに肯定的な場合が多く、また逆にそれは中国人や韓国人も同じという状況と少し似ているのかな。このことは「中国人は日本が嫌いなのではなくて日本政府が嫌いなだけ」と、ある中国人男性が話していた時に思いました。

私自身も「その国の政府が行うこと」と「そこで暮らす人々が思っていること」は必ずしも一致しないと考えているため、政府や宗教という大枠だけしか見ずにその国の人々を最初から嫌悪したり差別したりすることに対しては短絡的だと思っています(その国が政治的・社会的に不安定な状況だから行きたいと思えない、と考えるのはその国に対する差別感情由来というよりは自分の身の安全を考慮してのことなのでまた別のことだと思う)。

3. 空港での両替

ウクライナからアルメニアに戻る際、ウクライナ通貨フリャブナをロシアルーブルに両替しようと思ったのですが、搭乗エリアにあった両替店ではルーブルに両替ができませんでした(到着エリアでは両替できた)。正直、ロシアと隣接しているウクライナでルーブルに両替できない場所があるというのはかなりの驚きでしたね。アルメニアですら米ドル、ロシアルーブル、ジョージアラリの通貨はどこでも両替できるのに。
ロシアルーブルには制限があるものの、ウクライナの空港では米ドルやユーロ、ルピー(何でインド?)のような通過には両替可能でした。

この時も、恐らくウクライナは親露ではなく親欧州な民主的な社会になりたいんだろうなと、感じました。

ロシアによるウクライナ侵攻について思うこと(2022/02/27追記)

ウクライナ侵攻が秒読みで危惧されていた頃からBBCニュース世界版で動向を追っていましたが、EUや米国を始めとした主要国からの度重なる警告にも関わらずロシアはとうとうウクライナ侵攻を始めました。その際、以前からロシアと揉めていたクリミアやドネツクだけでなく、首都のキエフまでもが爆撃の対象となったことに私は驚きを隠せませんでした(BBCニュース:「Ukraine invasion: Missiles hit Kyiv as fight for capital looms」「Ukraine maps: Tracking Russia’s invasion」)。
そこには「威圧」だけではなくウクライナの国家システムを徹底的に破壊する意図が感じられたからです。

ただ、ウクライナの置かれた状況は全く良くなく、むしろ絶望的なように思います。
ロシアからの圧力でウクライナはNATOに加盟できていなかったために、今回もウクライナは他のNATO加盟国からの直接的な軍事援助を受けることができません(もしNATO加盟国なら、一つの加盟国が攻撃されれば他の加盟国が一丸となって相手と戦える)。その代わり、EU各国は直接的な武力衝突ではなく経済的にロシアを弱体化させるために経済封鎖を始めています(BBCニュース:「Ukraine: What sanctions are being imposed on Russia?」)。
日本はEU以外の西側の国であるアメリカ、カナダと共に外貨送金を円滑に行える国際送金システムからロシアの銀行を外したそうです(BBCニュース:「Why is Russia invading Ukraine and what does Putin want?https://www.bbc.com/news/world-europe-56720589」)。

ただ、経済封鎖が威力を発揮するまでには時間がかかります。そうこうしているうちにウクライナはどんどん戦火に焼かれていくのではないかとも私は内心危惧しています。
そんな中、ロシア軍と戦うためにウクライナの18-60歳の男性は国境を越えることを禁止されました。そのため、国境付近には夫を置いて子供や孫と逃げてきた女性達が多いそうです。また、政府が爆弾の作り方を一般市民に伝えているだけでなく、志願者には銃も配布されているようです(BBCニュース:「Ukraine conflict: Citizen volunteers take up arms to fight Russian invasion」「Ukraine’s Zelensky asks citizens to resist and Europe to do more」)。

とは言え今回は2013年の対ウクライナ政府のデモとは全く規模が異なります。相手は武装したゴロツキや特殊警察ではなく、ロシア軍です。過去に軍事経験がある人ならともかく、何の訓練も受けていない素人がただ銃を渡されても何もできないのではとも思います。
でも、こういう風に誰にでも明白なことすらなりふり構っていられないほど、ウクライナは追い詰められているのでしょうね。EUにもNATOにも加盟できていないウクライナの立場はかなり弱いです。

唯一の希望としては、今回のウクライナ侵攻を受けて欧州委員長がウクライナのEU加盟を火急の問題と捉え始めたようなので(「Ukraine belongs in EU, Commission chief von der Leyen says」)、これを機にウクライナがEUの一員になれることを願っています。

ここで「ロシアと戦えるのはアメリカくらいなのでは」と思うものの、現在のバイデン大統領は大統領就任前から諸外国の紛争調停のためにアメリカ軍を投入することに反対していた人物です。また、トランプ政権以降「アメリカ・ファースト」が強まって他国への関心が薄れている今のアメリカに、もはやかつてのような「困った時に頼れるリーダー」の位置を期待することはできないと私は個人的に感じています。以前のアメリカは「世界のヒーロー」として色々な国を助ける自分達を誇りに思っていたような雰囲気がありましたが、果たして今も同じなのかどうかは甚だ疑問です。

ウクライナにアメリカ軍を投入しない理由の1つとしてバイデン大統領は「下手に軍を投入すると戦争になってしまうから」と述べており(BBCニュース:「Ukraine conflict: Why Biden won’t send troops to Ukraine」)、超軍事大国のロシアとアメリカを考えるとその理由も一理あるのですが、昨年8月の米軍アフガニスタン撤退の時と同様ただ単に「関わりたくない」だけな気もします。

「難民」になってしまったウクライナ人達 (2022/02/27追記)

難民と言うとシリア難民やボートでヨーロッパに渡ろうとするアフリカの難民というイメージが強いかもしれません。ただ、UNCHRによる難民の定義は「戦争や紛争、暴力や迫害によって国を追われた人々」です。そのため、今までは普通の日々を送っていたウクライナの人々も一夜にして「難民」となりました。BBCニュースでも「Ukraine conflict: UK urgently looking at help for refugees – Truss」と、彼らを難民として扱っており、国連はその数が最大500万人に達すると予測しています。
陸続きの国のため、多くの人々は隣国のポーランド、モルドバ、ルーマニア、ハンガリー、スロバキアに押し寄せているそうです。

今まで当たり前のように家に帰り、スーパーで食材やファストフードを買って家族で料理を囲み、スマホで友達とチャットし、H&Mなどのアパレルの新作が出れば喜んで買いに行き…という、他の先進国の人々と変わらないような暮らしをしていた彼らが、着の身着のまま最小限の荷物だけ持って徒歩や車で必死に国境を越えようとしている様子は想像を絶します。
これを考えると、「難民」は日本から遠く離れた場所やニュースの中でだけ起こるもの、という意識が多少は変わるのではないでしょうか。

2021年9月当時のキエフ中心部
2021年9月当時のキエフの街の路地裏

最後に

もともとこの「Winter on fire」の感想記事は昨年9月にウクライナに行った後5,000字近くの感想を書いたまま5ヶ月間PC内に放置していたものです。ただ、今回のウクライナ侵攻の影響なのかここ3日間でブログのアクセスが急増していたので(今まで40人/日くらいのアクセスだったのに急に100人/日を超えるようになった)、ウクライナが置かれてきた厳しい現状を少しでも知ってもらえる機会にでもなれば、と思いこの記事を公開することにしました。
ほとんどの人は「ROSHEN」記事を見ているようなのですが。

ウクライナは日本には馴染みのない国の1つだと思いますが、もし彼らのために何かしたいと思っている人がいるなら危機的状況にいち早く駆け付けて難民を重点的に支援している国連難民高等弁務官事務所「UNCHR」やノルウェーの「Norwegian Refugee Council (NRC)」などにオンラインで募金をすることはできると思います(それぞれ米ドル、ユーロでの募金)。

また、もし「難民」について勉強したいと思った人はCourseraで以下のようなオンライン講座(英語)を受けることもできます。とてもためになりますよ。

ウクライナの状況が分かりやすい本

ロシアとウクライナの関係を知るために以前手に取った本です。ロシア圏の専門家がそれぞれ述べているので非常に参考になりました。