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Amazon Primeのドキュメンタリー「一人っ子の国」感想

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Amazon Primeの「One Child Nation(一人っ子の国)」

人口爆発への抑止策として中国政府が30年間にわたって推進していた「一人っ子政策」の闇を問題提起するドキュメンタリーです。「一人っ子政策」という言葉や意味合いは知っていたものの、何万人、何千万人、何億人レベルで当時の子供達がこの世から姿を消していた事実はあまりにも重いものでした。

この感想記事は1万字を超えてて長い上に、女性にとって辛い記憶になる中絶についても記述しているので全体的に暗いことを最初に断っておきます。

メインビジュアル画像引用元:One Child Nation Film Review

Amazon Primeのドキュメンタリー「一人っ子の国」とは

中国生まれの映画監督・王男栿(男児を望んだ両親が彼女にこの名前を付けた)が自身の出産を機に故郷の中国に戻り、一人っ子政策が与えた影響を明らかにするため各地でインタビューを行った作品です。

中国政府は増えすぎた自国の人口が将来的に国家規模で経済崩壊や飢饉を引き起こすことを危惧して1979年に「子供は一家に一人」と定めました。
そしてこの一人っ子政策は2015年に廃止されるまで約30年間にわたって中国全土で推進され、違反者には厳罰が処せられていたそうです。

このドキュメンタリーはサンダンス映画祭の米国審査員大賞を受賞し、Rotten Tomatoesでは批評家からは98%、一般ユーザーからは85%の高評価を受けています。

「一人っ子の国」(原題:One Child Nation)
リリース:2019年1月26日
制作会社:Next Generation, ITVS, WDR/Arte, Motto Pictures and Pumpernickel Films
配給会社:Amazon Studio
制作国:アメリカ
言語:英語、中国語(地方の方言も含む)
上映時間:89分

Amazon Primeのドキュメンタリー「一人っ子の国」あらすじ

自分の息子の出産を機に「一人っ子政策」へ疑問を抱き始めた女性(王男栿)が当時の政策関係者達や助産師、実際に子供を奪われた家族、人身売買を行っていた男性、中国からの養子の本当の家族を探す手助けをしているアメリカの夫婦、といった様々な人々にインタビューを行い、「一人っ子政策」がいかに個人の人生に影響を与えていたのかを映像に残していく。

Amazon Primeのドキュメンタリー「一人っ子の国」公式予告編(英字幕)

Amazon Primeのドキュメンタリー「一人っ子の国(One Child Nation)」感想

大まかな目次

  • 男児と女児の存在価値の違い
  • 組織的に行われた養子の斡旋
  • 個人が一人っ子政策を遂行できた理由
  • 他人に干渉される妊娠出産
  • 中絶について
  • 中国人にとっての政治という存在を痛感した時

以下、ネタバレを含む感想です。

このドキュメンタリーを観て最も感じたのは、中国政府というとてつもない巨岩の下で生きる中国の市井の人々はあまりにも無力ということでした。

彼らの人生や家族計画にまで問答無用で介入していた当時の政府を知る誰もが「(当時は)仕方なかった」「(政策が)厳格だった」と口にし、肩をうなだれる様子がひどく印象的です。当局の命令により、不妊手術に従わない女性の家を破壊していた村長の男性も自分が行っていることの残酷さを理解しつつも当局に従う以外の選択肢が無かったことを話しています。
彼らは自分の意思を表明し、その通りに生きることすら許されていなかったんです。これは、生まれた時から「表現の自由」が認められていた日本で育った私には想像を絶するものでした。

また、ドキュメンタリー内でぞっとしたのは当局によるプロパガンダの徹底ぶりです。一人っ子政策が定められて以降、カレンダーの絵、マッチの箱の絵、絵本の絵、街の壁画の絵…といった何から何に至るまで「父、母、子」の3人として描かれるようになっただけでなく、一人っ子政策を礼賛する舞踊や演劇、CM、子供向けの歌までもが大々的に流されていたそうです。ドキュメンタリーでは当時の実際の映像も流れます。
その映像から分かることは、日常生活で見聞きする家族に関するあらゆる媒体が「一人っ子は正、2人目の妊娠出産は悪」という意図的かつ絶対的なメッセージで溢れかえっていたことでした。

ドキュメンタリー内でインタビューを行っている女性・王男栿は26歳まで中国で育ち、アメリカに移住した人です。
ただ、そんな彼女が育った村では不妊手術や中絶、流産を推奨したり、2人目を産むことを禁止したりするスローガンや垂れ幕が村の至る所に掲げられていたらしいのに、彼女にとってはそれが当たり前の風景過ぎて自分自身が出産することになるまで一人っ子政策に特に疑問を抱いていなかったことが明らかになります。
それくらい日常に溶け込んでいたんですね。

男児と女児の存在価値の違い

また、公然と行われていた男尊女卑の実態も明らかになります。

その女性が生まれた場所が農村だったことと、彼女の祖父が当時の村長に必死に抵抗したこともあって彼女は弟を持てたのですが、「もし生まれたのが妹だったら捨てられていた」というのをまるで当然のことのように人々が口にするんです。彼女の実母や祖母も露骨に弟だけを優先して育てており、祖父に至っては孫息子としか写真を撮っていませんでした。
誰もが「女の子」の存在を厄介で役立たずで、男を支えるための見えない存在として扱っていたんです。

彼女の叔父は生まれたのが娘だったために実の姉から「捨てる」ことを求められていました。その結果その女の子は新生児にもかかわらず市場に2日間も放置され、そのまま亡くなったそうです。

中国から世界各国に養子として出された子供に女児が多かったのも、人々が子供には男の子を強く望んでいたから、というのを聞いたことがあります。「子供は男の子がいい」という希望が強いからこそ中国の男女比はあまりにも不均等なんです(そのため、現在中国では出生前の性別判断が禁止されているそうです)。
このドキュメンタリーのメインビジュアル画像内の女の子が空白として描かれているのも暗にその願望の風潮を示しているように感じます。

男の子をやたらと持ち上げる風潮は、「Pachinko」の作者である韓国系アメリカ人のMin Jin Leeが著した小説「The Best Girls」を読んだ時にも見た光景です。そこでは末の弟だけが誕生日を祝われたり、豪かな食事を提供してもらえるのに姉達は弟が当たり前に享受する愛情を一切受けられない様子が描かれていました。
同様に、韓国のベストセラー小説「82年生まれ、キム・ジヨン」でも主人公の母の過去は明らかに男兄弟と差別されたものだったという描写がありました。

上記の本について

実をいうと、九州の田舎で生まれ育った私も上記の中国や韓国ほど露骨ではなかったものの「男の子」と「女の子」では扱いが異なることを子供の頃から実感していました。

例えば法事や盆、正月などで親戚一同が集まる時、男性陣は居間でビール片手にTVを観ている傍ら、女性陣はキッチンで料理をしたりお寺さんを迎える準備をしたりと常に動き回ることが当たり前でした。幼い私も母や叔母や祖母達からキッチンで「これやってあれやって」と指図されていたので、居間でボケーッとTVを観ている弟を羨ましく思ったものです。

また、曾祖母からは「女に学は要らんからアナウンサーにでもなればいい」と言われていました。中高一貫の進学校に進んだ私にとってこの言葉は田舎の年寄りの妄言としか思えませんでしたが、それでも隣に座る弟は人生で一度もそんなことを言われたことがないのだと思うと、女として生まれたことにやるせなさも感じました。

あの環境ではとにかく面倒事は全て女がやるものとされていました。男は何もしません。でも、全てにおいて男が優先です。
「自分は何もせず、上げ膳据え膳で女が全部見繕ってくれる」という甘えた条件を享受してこそ立派な男、のような雰囲気もあったような気がします。
そしてそんな男から要求される「良い女」の条件は「男に歯向かわず、常に男を立て、男が欲しいものは全て与え、男が誤ったことをしても黙って耐えて許し、家事や育児や介護や墓問題といった一族の面倒事も全て黙って処理する」という、まるで家政婦のようなものでした。

祖母は結婚以降この条件にひどく苦しめられていたため、暴君のような祖父が他界した後は自らベンツを乗り回してゴルフやお茶やお琴や…と趣味に勤しんでは第二の人生をガンガン謳歌しまくるような女性になりました。彼女にとっては夫こそが人生の最大の負担だったのだと思います。

現在27歳の私の世代ですらこんなことが当たり前だったことを考えると、数十年前はもっとひどかったことが容易に想像できます。田舎では女に生まれた時点で人生終了、と言っても過言ではなかったかもしれません。

組織的に行われた養子の斡旋

ドキュメンタリーの感想に戻ると、中国では1992年に外国人へ養子に出すことが可能になって以降、事態は悪化したように感じました。

道端に捨てられていた子供を最初は善意から国営の養護施設に届けていた人々が、子供を届けた見返りに報酬を得られることが分かると次第に集団で計画的に行動するようになり、結果的にそれが中国における人身売買の道を開くことに繋がりました。養護施設は子供が欲しい外国人(大体アメリカ)から子供1人当たり100万~250万円くらいの手数料を得ることができるので、人身売買組織から子供を入手できるのはありがたいことだったんです。
そのため、ここでは子供を拾った人々と子供を海外に売る養護施設との間には利害関係ができていました。

そして、最悪なことにこの構造を役人すらも利用し始めました。
中国の最貧地域の一つのある村では、金が欲しい役人が政策違反として村中の2人目の子供を誘拐し、「返してほしくば金を出せ」と5万~15万円の罰金を家族に要求するようになっていたそうです。農業で生計を立てている貧しい彼らにそんな大金が払えるわけながないので(恐らくそれも見越しての金額だったと思う)、2人目の子供を取り戻すことを諦めざるを得ません。
そして、その子供達は国営の養護施設に送られた後、実際の両親が生きているにもかかわらず「孤児」としてアメリカに養子に出されていたことが明らかになります。

中国人養子の実の両親を探す手助けを行っているアメリカ人夫婦は長年の調査で当時の養護施設の杜撰なやり方を明らかにしています。
彼らによると、養護施設は子供が捨てられていた場所を捏造していただけでなく、外国人養父母が中国を訪ねてきた時に「私がこんな風に拾いました」と説明するための偽の”拾い人”も用意していたそうです。

この組織ぐるみの捏造には唖然としました。しかもこの数は数十人とかのレベルではありません。数万人、もしくはそれ以上の数の乳児達がこのように処理されていたんです。
まるでただの「金額」と「個数」だけで認識される商品のように。

かつて外国に養子に出された自分の2人目の子供がどうなったのか知りたい中国人家族と、実際に養子に出された子供と、そしてその子供の養父母となったアメリカ人家族とでは真実を知りたい気持ちに温度差があることも描かれていました。

「自分達が養子を望んだばかりにこの子は本当の家族から引き離されていた」という事実を知り衝撃を受け、その子が中国に強制的に取り戻されることを恐れて連絡を絶ったアメリカ人養父母や、「中国にいる自分の本当の家族なんか興味ない」と返信してきた中国人の養子がいることを知ると、一人っ子政策と並行して進められた海外への養子キャンペーンはその養子本人だけでなく、子供を奪われた中国人家族と養子として受け入れたアメリカ人家族という2組の人々の人生や感情を滅茶苦茶にすることになったことを実感しました。
「中国の人口爆発を抑えてより良い未来を創るため」として始まった政策だったのに、その中身は人々の幸福で明るい未来からはかけ離れた悲惨なものだったんですね。

個人が一人っ子政策を遂行できた理由

ただ、そこまでの影響を受けていたのに、「あの政策は正しかった」と断言する中高年の人々が多いのも驚いたことでした。これに関してドキュメンタリー内でその理由を考察している芸術家の男性の言葉が印象的だったので引用します。

洗脳は人間性や個性、判断力を破壊し党の命令なら正しいと信じさせる

その男性は、橋の下に「医療廃棄物」という扱いで捨てられていた乳児の遺体を目にして以降、後世に悲惨な記憶を残そうと活動している人です。また、OPで流れる映像はCGではなく、その男性が所有していたホルマリン漬けの乳児だったことがそこで明らかになります。

胎児をどこから「人」として扱うかどうかは法律と倫理観が必ずしも一致していないようなので、この当時の中国が胎児を医療廃棄物扱いにしていたことだけを責めることはできないと思います。現に、日本においても妊娠12週未満に中絶された胎児は医療廃棄物として処理されていたことが2004年に明らかになっています。
→「4カ月未満の中絶胎児、3分の1の自治体でゴミ扱いの実態:厚労・環境省の調査で判明

その男性はあそこまで悲しい出来事が起きた理由として、一般的に乳児の堕胎手術への覚悟が弱い若い看護師でも当時その行為に手を染めることができたのは政府による長年の洗脳が原因だと話していました。政府が推し進める言葉だけを盲目的に信じ、それだけに価値を見出すようになると、本来なら倫理的に拒否感を抱くようなことにすら盲従できるようになってしまう。

それの完成形が「政府の意向=個人の意向」という左から右にしか成り立たない等式なのだと思います。中高年の人々は今よりも政府の圧力が苛烈な時代を過ごしてきたので、洗脳の度合いも桁違いだったのではないでしょうか。「生き延びるため」に従っていた期間があまりにも長すぎて、気付いた時にはそれが自分の価値観にすり替わってしまっていたのかもしれない。

ただ、人間はロボットではないので表面的にはその等式が成り立っているように見えても、内側ではその等式を完成させるために押し殺した個人の感情や意思や願望が何年も何年も渦巻くことになるはずです。そんな境遇に置かれ続けた後にやっと絞りだせた唯一の言葉が、当時の政策に従わざるを得なかった人々の「仕方なかった」という無念の言葉なのではないかと感じます。

こう考えると、この「仕方なかった」には単なる諦めではなく、身を切られるような絶望と慟哭と苦しみが含まれていることが想像できます。人々の感情を考えるとあまりにも辛い。

他人に干渉される妊娠出産

2019年に発表されたこのドキュメンタリーの最後では「2人目の子供の出産」を奨励するプロパガンダ映像やスローガンの数々が流されていました。
「子供を1人」にするよう不妊や堕胎を強制され、乳児を捨てることになり、さらには実子を外国に養子に出されるまでされていた人々が、今度は「老人を支える若者がいないから2人目を産んで」と政府に要求される…
人々の生活や人生の指標は全て党が決める、という揺るがない圧力の大きさを感じざるを得ません。

2015年に一人っ子政策が廃止され、今は3人目までが許可されているそうです。ただ、中国の人々の反応は必ずしも肯定的ではなく、Newsweek日本版の「三人っ子政策に中国国民の反応は冷ややか 「二人目さえ欲しくない」理由」記事では、中国都市圏における養育費や生活費が上昇しているため子供の妊娠出産に対して前向きになれないこと、また、出産と育児の役割を大幅に担う女性に対する社会的保障がそもそも不十分なことが問題点として挙げられていました。

中国人ジャーナリスト王青氏による以下の記事も、中国社会における「一人っ子政策」の結果を克明に伝えていました。

  • 「私たちは産む機械ではない!」中国の生育政策に翻弄された女性の悲痛
    中国では「一人っ子政策」の前は多産が推奨されていたとは知りませんでした。また、当時の避妊手術は麻酔も人権配慮も無い杜撰な環境下で行われており、その時に付けられた避妊リングのせいで後年婦人科系の病気に苛まれるどころか子宮摘出せざるを得ない女性も現在数多くいるそうです。
  • 中国で少子化が止まらない!“三人っ子政策”導入も立ちはだかる「3つの壁」の深刻
    超競争社会の中国では「スタートラインから負けさせたくない」と親たちは我が子が幼いうちから英才教育を施そうと必死になるので習い事などの教育費が膨大に膨れ上がり、子供を産むことへの躊躇いに繋がっていることが分かりました。
    また、現在の20~30代の若者は一人っ子として甘やかされて育ったために「子供のためよりも自分が楽しむためにお金や時間を使いたい」と考え、結婚しない人や子供を持たない人も多いそうです。
  • 中国「一人っ子政策」が招いた親と子の苛酷な現実
    中年になった一人っ子世代は親の介護と我が子の子育てという2つの負担を一人で背負うことになります。また、年老いた親が寂しさのあまり我が子の住む都会に引っ越してきても言葉が通じず孤立してしまったり、我が子に迷惑をかけまいと自殺する事例まで出ているようです。

王青氏の中国に関する記事は中国人の目線で書かれたものなので「なるほど、そうなのか」と思う内容がとても多いです。
ダイヤモンド・オンラインにおける王青氏の記事一覧ページ

国が少子化改善を叫んでいるのは日本と似た状況と言えますね。
ただ、政治家は今まで家事育児などしたこともない高齢男性ばかりなので女性に対して簡単に「子供産んで」などと言いますが、そもそも子供を産むために必要な社会制度や経済的保障、生活物資支援の拡充という要素への考慮が欠落している環境では女性が「子供を産みたい」と思えるわけがありません。
子供は産んで終わりではないんです。

妊娠出産のタイミングや子供の数はあくまでも女性の意思で決めるものであり、ただ単に射精して9~10ヶ月間待つだけで精神的にも身体的にも何の苦痛もなく楽に子供を手にできるような男側、ましてや国家や社会、親戚や義実家がゴチャゴチャ言っていいことではないと個人的には思います。

また、それ以外でも妊婦の女性やベビーカーを押した女性が蹴られたり罵倒されるだけでなく、産休や育休もとりにくくて出産・子育て後はキャリア復帰が難しく、出産すら保険適用ではない上に保育園の建設や子供が公園で遊ぶことすら近隣住民の反対運動に遭い、母親というだけで社会から厳しい批判を向けられたり家事育児も女性だけがワンオペを強いられるような日本は子育てに不向きな社会だとも感じます。そして、ここまで子供を嫌う国は「不寛容」や「悲しい」よりも「不気味」という表現の方が合っている気がします。
日本における出生率減少の原因は若者の貧困化、晩婚化という単純な要素だけではないはずです。そもそも社会が女性だけに負担を押し付け過ぎているばかりか、その問題の深刻さを男性達が理解していないんです。

能力を活かせない日本の女性達(2021/08/30追記)

今日BBCニュース世界版で大々的に報じられた「Japan’s huge army of under-employed ex-housewives」記事では出産・子育て後の日本人女性を取り巻く雇用環境の不平等さが詳細に記されていました。
男性優位かつ新卒一括採用、終身雇用型の旧弊な日本社会では女性は大卒資格を持っていても出産後にキャリア復帰できないことや、管理職や議員を占める女性割合が依然として絶望的に低いこと、高齢男性へのケアは手厚い割に女性への再就職支援は脆弱すぎることなどが展開されています。

記者名から判断するに日本人女性なので、「よく言ってくれた」という事実がとても多いです。特に「年功序列制度」に対する「能力の有無に関係なく年齢を重ねるほど高い役職に就ける」という説明は的確ですね。

他の先進国では子育て制度が整っているばかりか男性も当たり前に家事育児をするので女性は「妊娠出産子育て」と「キャリアの継続」を両立できるのに対し、日本では女性のための制度がほぼ整備されていない上に男性がロクに育児をしないので、多くの女性は片方を選べばもう片方を諦めざるを得ません。
どんなに優秀であっても女性というだけで出産や子育て後にキャリアが断ち切られてしまうのは社会的にも経済的にも大きな損失だと思います。

少子化改善を望む中国と日本の政府に共通しているのは、彼らが「女性が子育てする際に何を必要としているか」を理解していないどころか、むしろ子育てを軽視していることなのではと感じます。

そのため、これを改善するには妊娠出産子育て経験のある女性だけを集めてまず意見提言してもらい、その後に子育て経験のある男性の話も聞き、男女双方からの子育てに必要な経験談を政策に活かせば多少は当事者にとって有効な対策が取れるのではないでしょうか。
ここで女性と男性を分けたのは、妊娠出産子育ての大部分を担っているのは女性なのに、男性がその場にいると彼女達の意見がかき消されることが多いためです。

中絶について

ドキュメンタリー内のあるシーンで、インタビューを行っている女性が「自分は中絶を推奨する国で生まれ育ったのに、皮肉なことに今は中絶を制限する国にいる。でも女性が自分の体について決める権利が無いのはどちらも同じ」と口にしていた時があり、私は思わず「確かに」と思いました。

例えばアメリカでも多くの人に信仰されているカトリックは中絶に否定的なため、中絶が禁止されている州に住んでいる女性は別の場所に行って中絶を受けるしかないそうです。
このことについてはアメリカの医学部学生向けメディア内の「Long Drives, Air Travel, Exhausting Waits: What Abortion Requires in the South」記事で詳しく書かれています。保守的な考えが多く残るアメリカ南部では自分の住んでいる州では中絶できないせいで何時間も車を運転して別の州に向かう女性達がいることや、どんな理由であれ中絶を一切認めない法案を成立させた州があること、中絶のためにかかる膨大な費用など、女性側だけにかかる負担がどんどん増えていっているんです。

これについてはアメリカの医療ドラマ「ER」のあるエピソードを思い出しました。
その時のエピソードでは一人の少女がER(救急救命用病院)を訪ねてきます。そして、彼女は実はパーティーでレイプされており、妊娠していることが判明するのですが敬虔なカトリックの両親は「赤ちゃんに罪はない」と中絶を認めませんでした。最終的に担当医師の男性が流産を促進する薬を密かに処方して少女を助けたものの、レイプされても中絶できないという状況は女性側だけにあまりにも酷だと感じました。
近年、ポーランドでは中絶禁止法が成立したり、アメリカでも次々と中絶禁止法を制定する州が増えたりと、女性が抑圧されていた時代に逆戻りしているかのようです。
→「ポーランド憲法裁、ほぼ全ての人工中絶を違憲に
→「全米で最も厳しい中絶禁止の州法が成立 アラバマ州
→「米テキサス州、妊娠6週以降の中絶禁止法を施行 連邦最高裁は差し止めず

また、かつてルーマニアでは独裁者であるチャウシェスク政権下で国力増強のために多産が推奨されており、中絶は絶対的な違法でした。ただ、政府の言う通りに子供を産んでも経済的に貧しくて育てられないので子供を捨てる親が後を絶たず、捨て子で溢れかえった孤児院は劣悪な環境に陥っていたそうです。

「4ヶ月、3週と2日」というルーマニア映画はその時代を舞台にしており、危険と隣り合わせで中絶を試みようとする友人のために奔走する女性が緊迫感のある雰囲気で描かれています。高校の頃にこの映画を観た時は映画の中の女性達がなぜあんなにも命懸けで中絶手術をしようとしていたのか作品背景が分からなかったのですが、ルーマニアの社会背景を多少は理解した今改めて鑑賞し直すときっと印象が異なると思います。

ルーマニア映画「4ヶ月、3週と2日」予告編(英字幕)

反対に、中絶を法律で認めているものの中絶の行為を女性に対する罰則のように扱っている日本のような国もあります。
日本では合併症のリスクがあるだけでなく痛みも強い「掻爬法(子宮口をこじ開けて掻き出す)」が未だに人工中絶の主流方法として扱われていると知った時は憤りが止まりませんでした。海外各国が数十年前から使っている、女性の体にとって危険の低い方法は日本では一切認められていないんです。
→例えばPRESIDENT onlineの「未だに「かき出す中絶」が行われている日本の謎」記事

それに加えて、日本では出産だけでなく中絶手術ですら保険適用外のため約10万~15万円という高額な費用を払う必要があります。生理を調整するピルや緊急避妊薬(アフターピル)についても女性の手が届きにくいように設定されたままです。
私も以前SEX後にコンドームから精液が漏れていることに気付いた翌日急いで産婦人科に走り、1錠で9,000円もする緊急避妊薬(保険適用外)を買ったことがあります。海外なら薬局ではるかに安く買えるのに。

日本では「ふしだらな女が悪い」「若い女は無知だから男が管理してやらねば(でも性交渉への同意年齢は低くていい)」という、男だけに都合がよくて旧弊で気持ち悪い価値観が社会を覆ったままだと感じます。そして、女性は生まれてから死ぬまで数多くの理不尽な社会的制約に縛られますが、多くの男性はこのことを微塵も気にせずに生きていけるんです。

余談ですが、上記の中絶に関する記事で1988年にフランスと共に中国で経口中絶薬が認可されたという箇所を読んだ時、今回このドキュメンタリーを観たことで「一人っ子政策」のためだと気付いてしまいました。
フランスが「女性の権利向上」の結果中絶を自由にできるようにするために経口中絶薬を認可したのに対し、その当時の中国は「女性の妊娠出産を国が管理するため」に経口中絶薬を認可していたんですね。背景があまりにも違いすぎます。

終わりに

「一人っ子政策」という言葉や意味は子供の頃から知っていたものの、実際の当事者達の言葉を通して語られる事実はあまりにも重苦しいものでした。

また、インタビューをしていた女性の弟を見た時、大学時代に仲が良かった中国人留学生の女性を思い出しました。
実家に帰省するには何回も乗り継ぎをしないと帰れないほど田舎出身と言っていた彼女の弟は10歳くらい年下だったんです。あの時は「随分歳が離れてるなあ」としか思いませんでしたが、「田舎では2人目を産むことが許されていたものの、5歳以上空けるよう決められていた」というドキュメンタリー内での解説によるならば、もしかしたらあの友人の弟はそれが理由だったのかもしれません。

そういえば、中国の大学生達の恋模様を描いたドラマ「独家记忆」でも田舎の農村出身の女子生徒には弟がいたものの、他の登場人物達は全員が一人っ子でした。

このような政策の一つ一つに雁字搦めになっている中国の人々の精神的抑圧の重さを考えると、彼らが自国の政府に対して怒りを向けられない代わりに日本への反日感情を燃え上がらせるのもある意味仕方ないことなのかもしれない、とすら思います(中国政府はこれをガス抜きとして利用しているらしいので)。いや、決して二国間の憎悪を煽るような行為を肯定してるわけではないんですが。

余談:中国人にとっての政治という存在を痛感した時

中国の人々の愛国心の高さは傍から見ていても凄まじいものがあるのですが、10代~20代の若者世代ですらその価値観を受け継いでいるということを実感したのは、BBCニュースで以下のような記事を読んだ時でした。

例えば香港で中国当局の介入へのデモ運動が盛んになった時、それを支持していたオーストラリア留学中の中国人・香港人学生達が他の中国人学生達から思想の面で監視や脅迫をされていると告白したニュース(「Hong Kong protests: ‘I’m in Australia but I feel censored by Chinese students’」)。

オーストラリアに関してで言うと、近年、中国政府を絶対的に支持する一部の中国人留学生による強硬思考がオーストラリアの各地の大学教育現場で物議を醸していることを記述した「Why Australian universities have upset Chinese students」の記事も興味深かったです。

また、今回の東京五輪でも一部の中国人の間でナショナリズムが爆発し、日本や台湾に敗れた中国人選手達を批判したり(「Tokyo Olympics: Chinese nationalists turn on their athletes」)、台湾人選手を応援した女性芸能人が中国人達からネット上で攻撃されたりと(「Tokyo Olympics: Taiwan stars trolled by Chinese nationalists」)散々なことになっています。
毛沢東のバッジを付けて表彰台に上がった選手についても、規約違反の可能性があるとしてIOCが調査を始めたのとは対照的に、愛国主義的な中国人の中には「若い世代が古き良き時代を忘れずにいるのは素晴らしい」という具合に称賛していた人もいたそうです(「Chinese gold medallists face investigation over Mao badges」)。

また、個人的経験からいうと中国政府による圧力を考えた際に「外国人」である私が振舞うべき行動も反省するべき時がありました。
アルメニアのあるゲストハウスで中国人男性と会い、お互いに中国語と英語を交えて談笑していた時です。私が「中国に行ってみたいけど中国政府が2022年後半まで観光客受け入れを停止してるからまだ当分の間は行けない」という言葉を言おうとして「Chinese government」という単語を発した瞬間、それまでニコニコ顔で穏やかに話していたその男性の眼光が一気に殺気立って鋭くなったので怖かった覚えがあります。

この記事の最後でも紹介する本「独裁の中国現代史(著:楊海英)」では、共産党員は中国政府の悪口を言う人間は誰であっても党に報告することが党への忠誠な姿勢の表れだと解説されていました。それは現代でも変わっていないようです。
あの男性が党員かどうかは分からないものの、外国はシリアやトルコ、イランにしか行ったことがないと話していたので、一般的な経歴ではなさそうだなと感じました。

そのため、上記を経験したり中国のナショナリズムに関するニュース記事を読んだりした後、私は中国の人々と話す際は中国政府に関する発言は一切しないようにしようと思いました。
自分の迂闊さを後悔したと同時に、本当に心から信頼できる人でない限り彼らの前で政府の話をするのは絶対にタブーだと痛感したからです。

中国社会の根本的構造を理解できる本

『中国の行動原理-国内潮流が決める国際関係(中公新書)』著:益尾知佐子

「中国政府の構造は家父長制である」と展開する筆者の見方には大いに納得しました。この構造を基に考えると、なぜ中国の各部署や役人があそこまで盛んに自分の管轄の意義向上に熱を上げ、功績を残そうと必死になるのかが分かります。また、中国という国を構成する価値観が日本のそれとは全く別物であることも理解できました。

この本を読んだ後は、中国で生きる一般民衆はそれが彼らの意思であろうとなかろうと、ひたすら長い物に巻かれて暮らすことが最も安全なのだと実感しました。

『独裁の中国現代史 毛沢東から習近平まで(文春新書)』著:楊海英

内モンゴルで生まれ育ち、北京の外国語大学に進んだ後日本に留学したモンゴル人著者が第三者の公平な目線で「中国ではなぜこのような独裁政治体制が出来上がったのか」を解説した本です。毛沢東の文革によって従来の中国伝統社会が破壊されただけでなく、新疆ウイグルやチベットへの非人道的な支配も強めることになったことなどが非常に読みやすく展開されています。

また、昨今の反日運動やアフリカへの接近といった要素も含まれているので、点と点が繋がって「中国政府」というものを理解しやすくなると感じました。
中国の政治行為の概要が掴めるため、私自身はこの本を読んだ後「中国政府について知る際、まずこの本を最初に手にとれば良かったな」と思いました。

最後にまとめると、「一人っ子の国」は重い作品でしたが、個人的には中国社会をより理解するために大きな価値があったドキュメンタリーだったと感じます。

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完全な余談(2021/09/14追記):

WordPressのセキュリティログを見ると今までも日本以外にはキプロスやブルガリア、ドイツやアメリカといった諸外国からの攻撃は常にあったのですが、最近は香港からの攻撃が妙に増えてるんですよね。しかもその際、割と致命的なファイルを狙ってきてたりするので本気度高いなあと感じています。
なんか思い当たる節と言えばこの記事なんよな~