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Netflixのアメリカドラマ「Spinning Out」感想

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スケートを通して描かれる母親と姉妹の話。予告だけ見ると「恋愛メインのスケートドラマかな~」という印象だったのですが、そんな程度のものではなかったです。ただ、作中で描かれる母親と娘のやり取りがあまりにもリアルなので、毒親に振り回されて生きてきた人は傷を抉られる可能性があるかもしれません。私は特に母親が激昂するシーンは画面を直視できませんでした。

でも全体的に良かったです。主軸となるカタリーナを中心に人間関係が進んでいきます。

メインビジュアル画像引用元:Info Page: Spinning Out

「Spinning Out」とは

アメリカ制作のスケートドラマです。撮影自体はカナダで行われたそうです。Rotten Tomatoesでは批評家からは約40~60%の「腐ったトマト」で散々な結果ですが、一般人の投票は約90%なのでプロとの評価に差が出ています。

「栄光へのスピン」(原題:Spinning Out)
リリース:2020年1月1日
制作元:Netflix
制作国:アメリカ合衆国
言語:英語
話数:シーズン1(全10話)
※シーズン2にも続きそうな終わり方だったものの、打ち切りらしいです

「Spinning Out」あらすじ

スケート大会では毎回優勝を飾ってきたカタリーナは1年前にリンク上で転倒し、頭を縫う大事故に遭って以降自信が持てなくなっていた。元スケート選手だったカタリーナの母親(キャロル)はカタリーナとその異父妹であるセリーナにも厳しい練習を強いてきたものの、カタリーナが不調に陥ってからは殊更セリーナにだけ期待をかけるように。

「あんたさえ産まなければオリンピックに行けたのに」とまでキャロル言われ、とうに我慢の限界だったカタリーナは全てから逃げるようにスケートを辞める決意をする。一方で、男女で滑るペアスケートのコーチ(ダーシャ)、そのパートナー(ジャスティン)からオファーを受ける。
最初は「ペアなんかやらない」と突っぱねたカタリーナだったが、親友のジェニファーとの約束を思い出し「やっぱりスケートを続けたい」とペアスケートに転向を決意。カタリーナはこれからどうなるのか…

「Spinning Out」公式予告編

予告編だと「sexと恋愛」感が強いんですが、本編はそういう要素はあくまでも付随的なものでした。

「Spinning Out」感想

以降は毒親関係目線が強めな感想。

徐々に自分の在り方を見直していくカタリーナの姿だけでなく、事あるごとに彼女の人生や人格を壊す母親キャロルとの関係も描かれるのでなかなかきつい。
同じスケート関連なら「I, Tonya」の方がはるかに直接的な毒親描写は酷いけど、このドラマは「これは普通に家庭である」という描写が多いんです。

最初の頃にコーチのダーシャが「悪い牛は平和な群れを壊す」というロシアの諺を引用してキャロルを暗に批判してカタリーナの肩を持つのですが、ストーリーが進むにつれて気付かないうちにカタリーナ自身もキャロルと同じ「悪い牛」となり周囲の人々を巻き込んで彼らの日常を破壊していく。これが本当に見てられない。

毒親関係に苦しむ人が「自分はあんな人間になりたくない」と必死に決意しながら結局は自分も親と同じ轍を踏んでいることに気がついて愕然するというようなシーンは無いものの、鑑賞しているこっちからしたら半ば共感性羞恥のように感じてしまうほど描写がリアル。

母親であるキャロルは典型的な毒親で、自分にひたすら甘い。自分だけが大事で、子供にまで自分のケアをさせようとする。自分自身と子供とに境界線を引けていないので自分の夢を子供に背負わせ、ひたすらスパルタ教育に徹する。

双極性障害であるため服薬が欠かせないのに色々言い訳をしてそれもサボり、その結果娘のカタリーナやセリーナに酷く当たる。そして自分が原因で色々滅茶苦茶にするし、堪え性が無く嫌なことがあればすぐに逃げる。自分が批判されれば急に被害者意識丸出しで同情を買おうとし、「あの時はおかしかったの」「もうこんなことないから」の繰り返し。そして都合のいい時だけ母親面をする。

「母親に敬意を示せ」なんて言葉は「私はあんたの親。だから黙って従え」と言っているようなもので、親であることを「自分に従わせる」免罪符に使おうとしている、あるあるな手口。
また、最初の頃のストーリでカタリーナに「出ていけ」と怒鳴り散らし、カタリーナが実際に出ていくために荷物をまとめていると「それを買ったのは私。私の物を持って行かせない」「バイト代程度でどうやって家賃払うわけ」などと狂ったことを言って引き留めようとするのも、あるある。相手を支配したいから離れられると困るんでしょうね。
相手がどこにも行けないと分かっているのにその相手に対して「出ていけ」と言うのは卑怯極まりないです。言われる側は追い詰められて潰れるんですよ。

カタリーナがあんな状態でも実家にいた理由は、高額なスケートのコーチ代を母親キャロルに出してもらっていたせいで「実家から出る=スケートができなくなる」になってしまうため出ていけなかったというのもあるでしょうし、毒親関係が酷いと精神的にコントールされすぎて「逃げ出す」という選択肢に後ろめたさや恐怖すら感じるのでそのせいもあるかもしれません。「ヒステリー起こした親から怒鳴られる」ということを考えただけで脳内が硬直して何もできなくなる時の絶望感は大きいですよね。

結局キャロルは娘を支配し、娘を「もう一人の自分」として仕立てたいだけなんですよ。だから娘の一挙手一投足を自分の思い通りにさせようとする。娘が意志を持つことが許せない。娘が自分の思い通りの言動や行動をする時は満足しているので娘に優しくても、自分の意に反することをする娘は「いらない」。そんな感じでしょう。一方で、娘達には威圧的に振る舞っても、所詮は自分が大好きなので「愛されたい」という欲求だけは人一倍強く、男に媚びて生きている。おかしなもんですよね。

また、情緒が不安定なので何もかもが衝動的。気分によってハイになったり急に優しくなったり強い口調で怒鳴り出したり。そしてとにかく自分に従わせようとする。カタリーナ達からしたらたまったもんじゃないですよね。毎回毎回キャロルがどこでどうやってキレるのか気にしてビクビク怯えながら生きることになる。特に、幼少期の回想で深夜にキャロルに起こされたセリーナが怯えてカタリーナに「そばにいてね」と言うシーンでは、姉妹は幼い頃からどれだけキャロルに滅茶苦茶なことをされていたのかが分かるし、姉妹が曝されていたであろう不安を想像すると胸が痛みました。

キャロルは自分一人で責任を負う覚悟も無いので何でもかんでも「あなたは私と同じなのよ」とカタリーナに言い、自分の責任を曖昧にしようとする。そのくせ最後には「私はあなた達を愛してるの」「母親なの」。はいはい、って感じですよね。終盤のパーカーの件で親子3人が同じ空間にいた時、キャロルが今までの自分の行いを水に流すかのような母親面を始めた時は白眼視せざるを得ませんでした。

キャロルという毒親を持ち、まともな親子関係を築けなかったカタリーナを救ってくれたのはコーチであるダーシャと、ジャスティンの継母であるマンディだと思います。

二人が「育ての母」となってくれた。どうでもいいけど、私はこういう「育ての親」から愛情を受けたことで、今までボロボロだった精神が修復されていく毒親サバイバーの姿を見るともうそれだけで拍手喝采したくなります。

ダーシャは寡黙ですが優しい人で、住む場所に困っているカタリーナに「居たいだけ居ていい」と自分の家の部屋を貸してくれます。彼女は捨て猫を飼っており、「厄介な子」という意味の「ヨッカ」という名前を猫につけていました。カタリーナも「厄介な子」そのものだったので、ダーシャは放っておけなかったんでしょうね。

マンディは一見単純で明るく見えますが、とにかく聡い女性です。相手に見えないやり方で優しさを示してあげるのが本当に上手い。マンディが衣装代を全額出すつもりだったのに、カタリーナが申し訳無さで「半額払いたい」と申し出るとカタリーナのメンツを潰さないために適度な額を伝えてあげたり(この時私は大会用スケートの衣装が1回で50万円することに驚愕した)、資金に困ったキャロルの家が売れないと分かった時も代わりにキャロルを雇ってあげたり。

でもジャスティンは他界した母親を未だに忘れられないので、継母のマンディがいまいち好きになれない。そのため実家と距離を置き、ヤケクソになって過ごしていました。最初の頃のジャスティンはまあ本当に「道楽息子」で、親の脛を齧ってどんちゃん騒ぎをし、毎回寝る女を替え、全てのことを金で解決しようとするような嫌な奴でしたね…

でもそんな彼もカタリーナとペアを組んで変わっていきます。「恋に落ちるとこんなに変わるん?」というくらい態度が優しくなったし、カタリーナを気遣ってあげる様子は甲斐甲斐しかったです。カタリーナのことが本当に好きだったからこそ、カタリーナがハイになった時に口にした「I love you.」に傷ついたんでしょうね。

ただ、カタリーナは単純な「大会でトラウマを負った、毒親持ちの不憫なキャラ」ではなく、結構面倒な性格なんですよね。とにかく他人を拒絶するので気付かないうちに孤立している。その結果一人で抱え込み、「どうせ私は助けてもらえない」とばかりにますます人間不信を増大させていく。

あと、約束を平気で破りすぎ。
バイト先の店長であるマーカスが「君は”行く”と言ったのにいつも来なかった」とそれまでのカタリーナの言動に失望しているシーンで、カタリーナは以前からそういうことをしていたのだと分かります。正直これは双極性障害云々ではなく、カタリーナがその相手との関係性を軽視していただけだと思うんですよ。

彼女にとっては誰も大切ではない。なぜなら彼女にとっては自分だけが大事だから。ここはキャロルと同じです。
カタリーナにとってのセリーナは親愛に基づいた「大切な存在」というよりは、幼少期から身についた義務感による「私が守ってあげなきゃいけない存在」程度でしかないんだと思います。だからカタリーナ自身が本心で「優先させたい」ことができた時にセリーナを簡単に見捨てる。

カタリーナはあの家でケアテイカーとして生きてきたように見えます。不安定な母親からは憎悪や怒りのはけ口にされ続け、他力本願な妹セリーナからは常に「助けて」と求められ続け、2人を必死になだめるのに精一杯でカタリーナ自身の苦しみは誰にも言えずに過ごしていたんだと思います。だからこそあそこまで自分の殻に閉じこもって他人に心を閉ざしていた。カタリーナ自身が既に限界だったので、他人と関わってこれ以上負担を増やしたくなかったのかもしれない。

ただ、だからといって約束をドタキャンしていい理由にはならないんですが。カタリーナは他人の顔色を伺って「いい子」として生きる癖が抜けないので、約束に気乗りしなくても「行く」と言ってしまい、でも実際には行きたくないのでそれを破ることになり、良好な人間関係の築き方を知らず相手の立場に立って考えることも出来ないので約束を破ったことへの罪悪感も薄い、そして極端なので説明もなく周囲との関係性を一気に壊していく、そんな感じですかね。友人として付き合うにしても厄介なタイプだと思います。

そんな面倒なカタリーナを唯一気にかけてくれていたのが12年来の親友である中国系のジェニファー。彼女はいい子ですね~本当に。

カタリーナはいつも「私一人辛い」みたいな雰囲気で自分のことだけを考えていますが、ジェニファーは周りをよく見ていて立ち居振る舞いが上手い。そんな彼女は親の期待に応えるために腰の大怪我を隠してスケートを滑っている。

本当は「スケートを辞めたい」と親に切り出そうとしたのに親から「事業拡大は見送って新しいコーチを雇うことにしたよ。お前の幸せが1番だから」と言われて逃げ場を失います。痛みのせいで靴紐すら自分で結べず、歩くことも危ういのに親戚一同(中国人ファミリーの結集シーンでよくあるやつ)に晴れ姿を見せるためにスケートをする彼女の姿は痛ましかったです。

ジェニファーみたいな子は自分の奥底の本心は言わなかったりしますよね。それがジャスティンへの好意だった。今考えると、カタリーナ達のライバルペアであるゲイ男性の代わりにジャスティンを飲みに誘ったのは「友人のため」というよりはジェニファー自身の好意が理由だったのかもしれない。
子供の頃から大会ではカタリーナが優勝し、常に2番手だったジェニファーはそのジャスティンすらもカタリーナに持っていかれたので、カタリーナにキレた時は「なぜ自分はあんな自分勝手なカタリーナのために優しくしてあげなきゃいけないんだ」と遂に限界に達したんでしょうね。

一方でセリーナ。カタリーナやジェニファーは21歳くらいで、セリーナは16歳(恐らく)。なのでセリーナ目線の世界は少し幼いんです。

最初はコーチのミッチにときめいていたものの、ミッチが母親のキャロルの彼氏になると今度はジャスティンの弟と仲良くなり、そして突然現れた父親にも縋ろうとし、最後には実はセリーナは医者のパーカーに甘えていたことも明らかになる。

セリーナに欠けていたのは「安心できる場所」だったんだと思います。カタリーナが家から出ていったことでセリーナを守ってくれる人がいなくなったので、とにかく誰か支えてくれる人を探していた彼女は結果的に恋愛経験の無い少女にありがちな「性欲と愛情の混同」の被害者になった。

パーカーはクズ男ですね。本気にしていたセリーナに「あれは遊びだよ」と言って責任を押し付けたり「この件は内密に。噂で困るのは君だろ?」と言って黙らせようとしたり。そしてジェニファーには「ずっと君のことが好きだったから…」とかぎこちないフリをしてデートに誘ったり。「いやいやお前は一体何がしたいねん?」と思った。

多分、想像するに、セリーナは自分に困ったことがあると自分ひとりで何とかしようとする前に「誰でもいいから助けて!」と叫ぶタイプなのでパーカーにも「今自分はこんなに大変で大変でもうメチャクチャでヤバくて…」みたいなメッセージを送り、パーカーもスケート選手の主治医だから「うんうん、大変だね」とかテキトーに返していたら「パーカーだけは私のことを心配してくれる!」とセリーナは心配と相槌を勘違いし、止り木を見つけた小鳥のようにピーチクパーチク一方的に甘えるようになっていった。

そして「男の人ってこういうの喜ぶよね?」という意識で自分の裸の写真などを送って自分に繋ぎ止めようとし、パーカーはパーカーで「あれ?この子遊べそう」と思ったので自分に好意を寄せるセリーナの気持ちを利用して乗っかった。こんな感じかな?うわ~単純な構図でしたわ。まあ、無知な子供を利用したパーカーが100%悪いんですが。

正直、「恋愛にぎこちない男のふりして裏では平気で無知な女の子を弄ぶ」というパーカーみたいなタイプはマジで嫌い。そんなコソコソしたことする奴よりは色々な女と「え?てか君誰?」レベルで堂々と寝まくってるジャスティンの方がまだマシ(これはこれでクズだけど)。

情緒不安定のキャロル&カタリーナ母娘は台風の目のごとく周りを巻き込んでメチャクチャにしていくんですが、カタリーナだけで考えるとマーカスが一番被害に遭ってるのでは…と思いました。

  • カタリーナをデートに何度か誘ってOKを貰う度、毎回ドタキャンされてきた
  • カタリーナと恋人になった直後に、マーカスの連絡を断ったカタリーナが実は夜のリンクでジャスティンと二人で滑っているのを目撃
  • 150人の予約が入っていて忙殺確定の日にカタリーナにバイトを辞められる
  • 医大入学を蹴ってまで白人スキーチームに入ったのに、躁状態でハイになったカタリーナを止めるために薬中の男共と揉み合いになった結果週末を留置所で過ごし、大事なレースに欠場(しかも薬中の男に告訴までされている)

いや、正直言うとキャロルやカタリーナのようなタイプは確実に周りの人間を疲弊させる。ただ、困ったことに本人達にその意識は無いので逆に被害者意識を募らせたりする。そして根本的に人間性が不安定なので、支えようとしてくれる相手ですら突っぱねて次第に孤立していく。自分の置かれた状況を他者の目線で見れるようにならない限り、ああいうタイプは変わらないと思う。

本当にマーカスは不憫だった。でも、カタリーナよりも人格的にはるかに落ち着いた彼女ができてたから良かったです。作中ではそこまで描かれなかったけど、やっぱり「黒人と白人」の異人種カップルというのは黒人側からの不安があるんですね。

Netflixシリーズの「Love Is Blind」(姿を見ずに会話だけで相手に恋し、結婚できるのかどうかを見る実験番組)でも異人種カップルが生まれて結婚まで到達したんだけど、そこでもその問題が上がってたんです。雇用や医療制度の不均衡のみならず、恋人関係にまで関与しているアメリカの黒人/白人の溝は根深いと思います。

ついでに

「Love Is Blind」の公式予告

インドのお見合い結婚の様子を描いたNetflixシリーズ「Indian Matchmaking」を観て「結婚」というものにもっと触れたくなったので(言い方…)このリアリティ番組を一気に全部観ました。

姿を見ずに恋に落ちた二人はその後に一緒に旅行→同棲という過程を経て相手への理解を深め、互いの実家へ挨拶→結婚式という一連の流れを行います。その期間は大体合計1~2ヶ月程度の超スピード婚。男女の微妙な温度感とか見れて良かった。ドロドロが嫌いな私でも割と軽い気持ちで観れました。

でも、最後に今まで1番応援していたカップルが破綻して私の心も砕けた。

「Indian Matchmaking」の公式予告

「こんな人と結婚したい」という要望を聞いた仲介人が様々な男女を出会わせていくシリーズ。インドはまだまだ親が決めたお見合いが多いらしいけど、Tinder普及率もすごいらしいので徐々に都市に住む若者の意識は変わっていっているのかもしれないですね。

ママの言いなり&優柔不断で「うわこいつ絶対結婚したらあかんわ」と断言できる男が結婚相手を決めた時は相手の女性に同情した。あれは結婚後ママと妻の意見の板挟みになっても両方にいい顔をして、でもママには強く出れないから結果的に妻を悲しませるタイプだと思う。

反対に自立しすぎた女性は不人気なのか、魅力的な女性2人が結局誰とも結ばれなかったのは残念だった。マッチョイズム&男尊女卑が強い社会だとそういう女性がパートナーを見つけるのは難しいかもしれない。

シーズン1でもエピソードが途切れているのでこれから順次続きが出てくるのかも。

「Spinning Out」公式動画

カタリーナとジャスティンのペアスケートシーン

最初は「大丈夫かこのペア…」だった二人がタンゴで舞うシーン。ペアスケートの何が好きって、男性側が常に女性側に目を配っているところ。だからこそ女性側も安心して演技に集中できるのだと思う。

1番好きなシーン

ドラマ終盤の、大会当日の練習シーンが1番好きです。リフトから落ちかけたカタリーナをジャスティンが受け止め、「絶対君を落とさないって言っただろ」と言ったことでジャスティンへの気持ちを思い出したカタリーナ。

この時に思いを告げるカタリーナに対してジャスティンは「Fuck you」と焦ったように返すんですが、「今更こんな場で急に何言ってんだ。くそっ、嬉しいけど今は素直に喜びたくねえ…」という感情が入り乱れてる感じがしました。二人はこの後激しいキスして仲直りします。

その時流れている曲

Amanda Tenfjord の「Troubled Water」。
この曲良いですな。ずっとループ再生してる。上のシーンが始まった時に「えっこの曲一体何?!」と即検索かけたら他にもこういう人がたくさんいたようで、Amandaがこの動画のコメントに「As heard in Netflix series “Spinning Out”」と自ら書いてた。

Spinning Out Cast Pick Up Line Battle | Netflix

マーカス役のMitchellとジャスティン役のEvanのどちらが「言葉でキュンとさせられるか(※外見関係なしで)」競うゲーム。採点レベルは「1点~10点(ショーン・メンデス)」。ショーン・メンデスが「乙女の恋心ぶち抜き形容詞」になってることにまず笑った。

Evanの「近くに飛行機ある?じゃなきゃ俺のハートがどっか行っちゃう(離陸しちゃう)よ」とか「君のWi-Fiパスワード教えてよ。俺は君との接続の準備万端だよ(多分これ接続範囲はベッドの上限定)」とかキュンどころかギャグやろ…

Mitchellの「俺が間違ってたらキスさせてよ。恐竜ってまだ生きてるよね?」は無理矢理すぎるけど、こんな意味不明なこと言われたら面白すぎて私なら「合格、来い!」とか言いそう。

見事ショーン・メンデス(10点)を獲得したのはMitchellの「俺の電話番号忘れたかも。君の番号聞いていい?」。最後はその他の回答シーン。

個人的にShawn Mendesは「There’s Nothing Holdin’ Me Back」を聴いてハマって、他には「Treat You Better」や「Stitches」が好き。

まとめ

私は雪がほぼ降らない九州育ちなのでスケートなんて人生で1回しかしたことないしスケートの知識もありません。ただ、スケート選手権は好きだったので子供の頃TVでよく観ていました。あの頃は「きれい」「すごい」くらいの感想だったのですが、このドラマを通して、スケート選手達があんな大きな大会に出るまでには幼少期から厳しい練習を重ねていること、オリンピックに出場するということは本来とてつもない偉業なのだということを改めて感じました。日本だとオリンピック選手ですらメディアや大衆のおもちゃにされるので軽んじられがちですが。

ドラマ内では日常会話表現が多いので「繰り返し観て覚えたいな~」と最初は思ったものの、キャロルやカタリーナの狂うシーンが見ててきついから正直迷ってます。
これから続きそうな所でシーズン1が終わったのでシーズン2にも続くのかも、と思ったら2020/02に打ち切りが確定していたらしいです。カタリーナとジャスティンの活躍をこれから見れると思ったのに残念…

Interview with Netflix’s “Spinning Out” actor Evan Roderick」によるとジャスティン役のEvanは収録前にバンクーバーで4週間、その後今度はカタリーナ役のKayaと共にトロントで3週間スケートのレッスンを受けたらしいです。2ヶ月そこらのレッスンであんなスケートができるなんてすごい…

下の図はイケメンの「どやあ…」感がすごい気怠げなEvan。

私はこのドラマに自分の親との関係を重ねすぎた節もあるので純粋に「スケートを通した成長物語」のようには受け止められなかったものの、ストーリーは本当に良かったです。基本的に母親と娘の関係を描いた作品はその関係性が破壊的なものは当然として良好すぎるものも観ないのですがこれは観て良かった。

Netflix作品大好き。いつか株買いたい(突然の飛躍)

おおお~ガガガッと書きたいこと書いてたら1万字近くになってしまった。でもまだまだアルランへの愛を語った時を超えるものではないですな。大学の頃はレポートや卒論の文字数に「こんなに書けるかよ?!」とか思ってたのに自分の好きなことになると平気で書けるやん。驚き。

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