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カナダに来てまず思ったことの呟き

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つい先週コーカサスのジョージアを経って約20時間後、ドーハ経由でカナダのトロントに到着しました。

カナダに来るのは13年ぶりですが、前回は中学生だったこともありバンクーバーで1週間くらいホームステイしただけなので観光らしいことは何一つしておらず、記憶もほぼ無いです。
そのため、新鮮な気持ちで「カナダ」を味わえています。

今の気持ちを徒然なるままに書き綴っていきます。

はじめに

私は昨年冬にWeb制作会社を退職した後、最初は台湾でワーホリすることを考えていたもののコロナ禍でビザ発行が停止していたため、アパートを引き払った後2021年3月当時でも入国可能だったブルガリアに単身飛んでいきました。
これが私の約10ヶ月間の海外放浪の始まりです。

3ヶ月間に渡ってブルガリア国内の都市や村をあちこち歩き回った後セルビアに3週間滞在し、その後のアルメニアはとても気に入ったため合計で4ヶ月間も滞在していました。
途中で大好きなバンドのライブのためにウクライナにも4日間寄り道しています。

その時の記事↓

また、アルメニアのゲストハウスで今の中国人の彼氏とも出会ったので、10~12月の2ヶ月間は彼と一緒に旅していました。
11月の1ヶ月間は2人でトルコの各都市で過ごし、トロントに発つまでのその後の約3週間もジョージアの小さな街にいました。

言葉が通じない環境の一長一短

今年の大半を海外で過ごしていたものの、私が滞在していたどの国も非英語圏だったので基本的に英語が通じませんでした。
そのため、現地の人々と何か意思疎通を図る必要があった際はブルガリアではブルガリア語を、アルメニアではロシア語とアルメニア語を、ジョージアではロシア語をそれぞれ使っていました。とは言え、本格的に勉強したわけではないのでどれも現地の幼児レベルの基本的な語彙表現だけですが。
英語を使うのは専らゲストハウスの他の宿泊客と話す時と、中国人彼氏との会話くらいでした。

恐らく、英語が通じない環境というのは多くの人にとって不安な場所なのではないでしょうか。アルメニアのゲストハウスでは「アルメニア人に英語が全然通じなくて困る」と嘆いている旅行者によく出会いました。ただ、私にとっては、日本語は当然のこととして英語すら通じない国で一人で過ごすのはとても快適な日々でした。
心身ともに孤独になれたからです。

誰も私のことを知らないし、誰も私に干渉してこない。さらに、現地で話されている言語を理解することもできないので目や耳からの情報過多に疲れることもありません。
現地で過ごすために覚えたキリル文字やアルメニア文字を音として目で読むことはできても、それらの文字の羅列は文法すら知らない私にとっては何の意味も持たないものだったんです。

東京で生活していた時は日常的な音を遮断するために外出時はwalkmanとイヤホンが手放せなかったのに対し、この10ヶ月間はそのような騒音に神経が滅入ることもありませんでした。それどころか、外を歩いていて耳に飛び込んでくる現地の言語を少しずつ覚えて自分でも使えるようになる、という些細な喜びを思う存分満喫していました。

アルメニア語とロシア語併記の中央バスステーション

滞在していた国の雰囲気

私が主に滞在していたのは前述の通り旧ソ連圏です。「何でそんな所に?」と思われそうですが、最大の理由は物価が安くて長期滞在しやすいからでした。ただ、これは裏を返せば現地の人々の暮らしぶりが良くないということです。
特にアルメニアとジョージア、ブルガリアは未だに全体的に貧しい国だと感じました。

ジョージア・バトゥミの地元民向け市場

「でも人々は温かい」という定型文がここで続きそうな流れですが、正直に言うと別にそんなこともなかったな。
旧ソ連圏の人々は基本的に無愛想です。明朗で友好的というよりは無表情でつっけんどん、という態度を受けることの方がデフォルトな気がします。
そのため、そういう場所で過ごすうちに私のデフォルトの表情や態度も彼らと似たようなものになっていきました。

ただ、一度彼らの警戒心を解けば一気にこちらを受け入れてくれる人が多かったのもまた事実。
彼らは西側の欧米人のような大袈裟な明るさは見せないものの、ほのかに温かいカイロのような彼らからの優しさや親切心を幾度となく感じてきました。

特にアルメニアではそういう市井の人々に多く出会いました。「アルメニアは田舎すぎて退屈。2週間が限界」という具合にこき下ろす外国人観光客達にも出会いましたが、私がアルメニアを気に入って4ヶ月間も滞在していたのは何よりもあの小さな国の素朴な人々が好きだったからです。
特に彼らは子供に対してものすごく優しく、寛大でした。

アルメニアのエレバン市街地
街の写真を撮っていたらバスの中の少年が興味津々でこっちを見てた

外務省の危険マップではアルメニアはレベル2で、国境付近に至っては武力衝突が続いているので周辺国よりも危ないとされていますが(危険度レベル4)、個人的にはトルコの大都市の方がよほど街や人々の雰囲気が悪かったと感じます。正直、もう二度と行きたくない。
トルコについては思うことがあるのでいつか別記事で。

英語が通じることの便利さ

カナダに到着した日の翌日、トラムやメトロに乗ってWalmartセンターに行った際、あらゆる表示や音声が英語であるせいで全て理解できることに戸惑いました。今まで滞在していた国々が非英語圏だったので、私にとっては「言葉を理解できない」という状態の方が日常だったからです。

でもカナダでは何もかもが英語英語。メトロの注意書きや切符券売機、壁面広告の文章だけでなく、音声アナウンスに至るまで全て英語です。そのため、最初の頃は目と耳から入ってくる情報量の多さに圧倒され疲弊しました。

ただ、Walmartセンターやショッピングモール内を歩き回ったりカナダ人店員達と英語で話したりしているとすぐにその環境にも慣れ、むしろ英語が通じる環境を「めっちゃ楽やな…」と思ったほどです。
自分の伝えたいことが相手に難なく伝わり、お互いのコミュニケーションに障壁が無い状態がこんなにも便利でストレスが無いものだとは思ってもみませんでした。

最低限のコミュニケーション

今までの旧ソ連圏滞在を例に挙げると、現地の人々の英語は基本的表現に限られていたことも多かったので、そういう時は私が英語で訊ねても相手の方がそれを理解できず「英語で喋ってくれん?」と逆に言われることもありました。そういう時は「問題があるのは自分ではなく相手」と思える強靭なメンタルすごすぎやろ…、と毎回呆気に取られていましたね。
また、そもそも基本的な英語すら知らない人々に対しては私の中のロシア語やアルメニア語、ブルガリア語といったごく僅かな語彙を総動員してなんとか伝えていました。

旅行時ならそれほど複雑な表現は使わなくていいので現地言語を使えたことに喜びを感じる場合が多かったものの、その時のコミュニケーションは会話と呼べるようなものでは到底ありませんでした。そのため、今回カナダに来たことでようやく言葉を「理解」し、「会話」できるようになったことにある種の感慨を覚えたのだと思います。

例えるなら、小さい子供と遊んだ後に大人同士で話すと「ああ、自分の年齢相応の思考や会話ができるのはやっぱり楽やな…」と気付く状態に近いかもしれません。
子供と遊ぶのはそれはそれで楽しいけど、私の場合は1日中それだけを繰り返していると思考力が停滞し、脳の動きが鈍化していくような気持ちになります。
旧ソ連圏で拙い現地語を用いて会話していた時の状態はこれと似た感じでした。

トロントの街で思ったこと

現時点で「英語が通じる」以外でカナダの便利な所を挙げるとすると、「日本のコンセントがそのまま使える」ことかなあ(えっ、それ?)。
120Vの電圧に対応している電化製品なら変圧器もアダプターも不要なので、最新の日本のコンセントなら問題なくそのまま差し込んで使えます。毎回毎回Cタイプのアダプターを付けていた今までが嘘のよう。

あとは「交通マナーが良いこと」も挙げられますね。
ゲストハウスに引きこもっているのももったいないので到着後はトロント市街地を歩きまわっており、ここ1週間は少ない日でも1万歩、多い日だと2万歩くらい毎日歩いています。トロント市街地では横断歩道を渡っている時には車がきちんと止まって待ってくれるし、歩行者も例え車が来ていなくても信号待ちしている人がほとんどです。

いやあ~、これは本当に衝撃。
歩行者も運転手も交通マナーをガン無視する国々でほぼ1年間過ごしていたこともあってカナダの人々のモラルの高さに唖然とします。

交通マナーが悪い国々では、バスやTAXIの運転手が普通にスマホ操作しながら公道を蛇行・爆走していたり、道を横断中に車が突っ込んできたりする度最初こそ「うわ、危ねえ~」と思っていましたが、日常でそれが当たり前になってくるといつの間にか慣れていました。
ああいう国では正しい交通マナーを守っている方が逆に危ない気がする。あと、滅茶苦茶な運転の仕方をする運転手はなぜか運転が上手くて、毎回危険スレスレの一歩手前で衝突を避けている人が多かったです。
だからと言って日本で同じことをしたら確実に事故が起こるだろうけど。

反対にトロントの日々の問題点を挙げるなら、ホームレスの多さでしょうか。12月という時期にも関わらず、道端に寝転んでいる人をよく目にします。
貧困にあえぐ旧ソ連圏やトルコでホームレスや物乞いを目にすることは多々ありましたが、社会的弱者の救済システムが整っているであろうカナダでここまで多くの路上生活者や物乞いを目にするとは思ってもみませんでした。

ただ、カナダのホームレスはボランティア団体からの支給を受けているのかかなり私物が多い上に、周囲に食品のごみが散らばっているので食料にもあまり困っていなさそうです。大学生やボランティア団体が積極的にホームレスに食料を配ることも一般的なようなので、これは慈悲精神が尊ばれるキリスト教社会の美点かもしれませんね。
社会のレールから外れた人を見捨てない雰囲気があるからこそ、ホームレスになる精神的敷居も低いのでしょうか。

あとは、街で大声で何か怒鳴りながら歩いている人を目にすることも何度かありました。
先進国にいるからこそ自分の不満を公衆の場で声高に叫べるのかもしれません。というのも、生活水準が低い国だと大多数の人が貧しいので「自分だけが辛い」という自己憐憫の情を抱く機会も少ないのではないかと思うからです。
実際、私が滞在していた旧ソ連圏やトルコでああいう風に自分よりも恵まれた人間を憎んでいるようなタイプの人間は見たことがありません。

カナダは大麻が合法なので、常軌を逸した行動をとる人がいるのはそれも一因なのかな。カナダに来て1週間ほどとカナダ社会のことをまだ全然知らないので何とも言えないけど。

でも一つだけ確実に言えるカナダの長所は日本よりも人口密度が低いので外に人が少なく、快適に歩けることかな。日本は国土が狭い割に人口が多すぎると思う。

最後に、日本を出て良かったと思うことの一つは今後の人生を日常的に女性蔑視や性的搾取を受けることが皆無のカナダ社会で生きられるようになったこと。女の私にとっては日々の安心感が桁違いですよ。
日本で暮らしたことのある女性ならこの気持ちに共感してくれる人が多いんじゃないかな。
私が日本を出ることに何の躊躇いも抱かなかったのは、自分が生まれ育った社会に見切りをつけていたからです。

これについては「日本を出て10日ほど経ち、思ったこと」という呟き記事でも少し触れています。

終わりに

来週から遂にカレッジの授業開始です。

最終的に目標としている職業に就くには永住権取得過程も含めて最短で7年間かかる見込みなので、長い道のりの始まりですな。