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「まだ結婚しなくていい」と思い始めた

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2つのマグ

私は現在27歳で今年28歳になります。この年齢になると「結婚」というものが自分にとっておぼろげながらも現実味を帯びてきたので、現段階で「結婚」に対して抱いている気持ちを綴ってみます。

そしてつらつらと書いてたらあっさりと1万字を超えました。そのため、成人女性対象のこの呟き記事はめちゃめちゃ長いです。
念のため最初に言っておくと今私は誰とも付き合ってないので彼氏との甘々コイバナとかは含んでいません。残念!

この記事の目次

  1. 本当にその「うどん」を食べたいのか?
  2. 私が相手に求める要素
  3. 私は”ママ”じゃないねん
  4. 一人で漕いだ方がマシでは
  5. 「結婚」に対するイメージの変化
  6. 女性目線で20~30代を描いた作品

1.本当にその「うどん」を食べたいのか?

20代後半になると自分が意識していなくても「結婚」という2文字が不意に頭をよぎるようになってきました。

ただ、この場合の「結婚」をうどんに例えるならば、「うどんを食べたい」という気分になったからうどん屋に行くというよりは「みんながうどんを食べてるから私もうどんを食べた方がいい気がする」という、自分が本心で望んでいるのかどうかもわからない状態でフラフラとうどん屋に入り、特に食べたいメニューも無いのに何らかのうどんを注文しないといけないという強迫観念を抱くような感じに近いかもしれん。

とは言うものの、もともと私は結婚願望が強いタイプでもないし「女として結婚して子供を生み育てること」に憧れや重きを置いているタイプでもなく、むしろ、そういうテンプレに対して退屈さと忌避感を抱いて遠くから眺めてきた人間です。

そのため、上の例を続けると私の場合そもそも今まで「うどん屋に行きたい」とすら思っていなかったんです。そんな私が「うどん屋に入るべきかな?」と一瞬でも思うことの重大さよ…
(いや、念のため言うと実際の私はうどん大好きで大学の頃は丸亀製麺でバイトしてたくらいなんやが)

こんな風に自分の意思とは無関係にうどん屋へ吸い込まれるのは、恐らく20代後半~30代にかけて全力ダッシュでうどん屋に直行してうどんを注文する(結婚していく)女性が多いことや、親からの言葉や社会の風潮、メディア(漫画やドラマ)の影響もあるのでは、と思います。

では、こんな風にうどん屋に吸い込まれた私は本当にうどんを食べたいと思っているのか?
答えは「No」です。

とは言え「まだうどん要らんわ(結婚せんでいいわ)」と思っているものの、「いつか注文するのでは(結婚するのでは)?」とは思っているので自分なりの「この要素は必要」というチェックリストを考えてみました。

2.私が相手に求める要素

私の恋愛対象は男性なので、それを前提に話を進めていきます。現段階の私が結婚相手に求める大きな要素は以下かな。
「私と同じくらい家事育児をする」とか「清潔感がある」とか「クチャラーじゃない」というような当たり前のことはここではすっ飛ばしています。

  1. 一人暮らしスキルがちゃんと備わっている
  2. 仕事に真面目
  3. 金銭感覚がまとも
  4. 食の好みが合う
  5. 同じくらいの教養・モラルがある
  6. 世界の時事問題に関心がある
  7. 女性や子供への共感と思いやりがある
  8. SEXが愛情にあふれている

上のリストを見た時に「SEXもリストに含めてんの?!」と驚く人もおるかもしれんけど、その項目って結構大事だと思うんよ私は。
それでは、順を追って~

1.一人暮らしスキルがちゃんと備わっている

まずこの時点で「実家暮らししかしたことない」人は対象外。
一人で家事や料理、掃除をして、Gが出たらその処理もして、風呂場のカビ対策や洗濯機のホースの調整とかも全部自分でやって来た人がいい。
別にこんなもん「女子力」とかじゃないねん。社会人が自立した生活を送るには当たり前に必要なスキル。

というのも、「料理した後の後片付けの面倒さ」とか「風呂場の排水溝掃除の大変さ」とか「トイレットペーパーが無くなりそうな時の焦燥感」とか「水や電気を使いまくったら請求がはね上がる恐怖」とかを身をもって経験したことがない人はそもそも毎日の生活にそういうメンテナンスが必要なことすら知らない上に、そういう面倒なことを片付ける人の気持ちが分からないからです。

私自身は上記のことを全部自力でやって来たので基本的な生活力が無い人と共同生活を送るのは嫌ですね。
なので、例え一人暮らし歴が長くても「家事は全部外注してるから自分ではやらない」とかいうタイプもノーサンキュー。
でも「以前は自分で家事をしてたけど今は仕事が忙しくて外注してる」とかならまだ許容範囲。

2.仕事に真面目

「仕事ができる人」はきちんと責任感があるということなので、これも重要。
「待ち合わせ時間に遅れない」とか「納期を守る」などの”当たり前のこと”を当たり前にできる人がいい。むしろ、そんなことすらできない男って「俺って時間守れないんだよね~」などと甘えたことを平気で抜かすので一緒にいてストレスしかありません。あと、仕事ができない人にはそもそも人として魅力を感じない。

私は最初から「ダメな俺を受け入れて」アピールをして努力をしようとしない男は嫌いなので友達付き合いすらしたくないです。

3.金銭感覚がまとも

これは大学の時同じ研究室だった男子を見て思ったんですが、お金の使い方が異常な人とは共同生活したくないですね。高額な買い物(しかも不要不急)のためにクレジットカードで限界まで払いまくったりしていた彼からは「お金貸して」と何度か言われたことがあります。
今思い出してもあいつろくでもねえな。

ただ、「1円単位で安さを求める」「セール品しか買わん」というような倹約家はストレスでしかないため私もそこまでは求めませんが、私自身は就職後毎月貯金をしたり無駄な買い物をしないよう家計簿をつけたりしてきたので、一緒に暮らす相手から頻繁にお金の問題を持ち掛けられるのは苦痛です。
そんなことされたら「いやいや、他人に頼む前にまず自分の買い物の中身見直さんかい」と思います。

4.食の好みが合う

結婚後は別居でもしていない限り大体同じ食べ物を食べることになると思います。その時にやっぱり一緒の食べ物を食べて「おいしいね」と言い合いたいです。
一つや二つの好き嫌いはあってもいいものの、私が好きな食べ物なのに相手は「あれも嫌い、これも嫌い」だと料理しても楽しくないし、何より私が我慢することが多くなると思います。

一時期Tinderでメッセージのやり取りをしていたインド人男性のうちの一人は先祖が高貴なカーストだったので「自分も野菜しか食べない」と話していました(インドはカーストが高いほど菜食主義になる)。そのため、その人は卵や魚すら食べないそうです。

アレルギーという不可避な理由があるならまだしも、申し訳ないけど私はそういう人とは一緒に人生を過ごせないと思ったよ。
帰宅途中で見つけたおいしそうな肉まんをお土産に買って帰るとか、旅行先の屋台で気軽に何か買うとか、レストランで地元の名産(例:海鮮料理)を一緒に食べるとか、そういう楽しい思い出を共有することが一切できないからです。
一緒に暮らすなら食事も一緒に楽しみたいし、なんなら一緒に料理したい。

5.同じくらいの教養・モラルがある

自分と教養レベルがかけ離れた人とはそもそも会話が成り立たないので一緒に時間を楽しむことはできません。
個人的経験からいうと私は浪人中に理転したために大学レベルをかなり落として入学することになったのですが、その頃に付き合っていた元彼や他の学生とは私が求める会話ができず、次第に退屈していきました(それもあって少し上のレベルの大学に3年次編入した)。

「この人に話しても分からんやろな」という諦めが生まれると会話すること自体が面倒になり、相手への関心が急速に薄れていったんです。また、彼らの会話レベルに合わせるために自分の思考を鈍化せざるを得なかったのも耐えられませんでした。

モラルについては「どれだけきちんと教育を受けてきたか」なので教養に比例すると思います。教養が高くなるほど付き合う仲間や環境の質も上がって洗練されていくため、年齢相応の落ち着きや冷静さを備えることに繋がります。
ただ、これは日本は例外ですね。どんなに年をとっていようが学歴が高かろうがモラルや落ち着き、理性が欠落している人が多すぎる。
成人した大人が小学生のように振舞っても許されるのは日本くらいなのでは?

6.世界の時事問題に関心がある

私は芸能ゴシップなど心底どうでもよく、そんなものよりも「今、世界では何が起きていて何が問題になっているのか」の方がはるかに興味があるので相手にもそうであってほしいです。
というのも、自分の社会だけでなく他の国の社会についても同じように問題を考えられる人は「自分も社会の一員」だと自負しているように感じるからです。

例えば、ある国で何か問題が起きている時に「別に興味ない」「関係ない」と言って知ろうともしないのは子供でもできます。大人ならその時きちんと自分の言葉で「もし自分がその立場ならどう感じるか」を考えてほしい。そして一緒にお互いの意見を話し合いたいです。
個人的には、そういう人の方が物事を多角的に見れる人が多い気がします。

7.女性や子供への共感と思いやりがある

これはかなり重要要素。まあ、そもそもこれを満たさない相手には惹かれることすらないんだけど。

私は女性のために「車道側を歩く」とか「重いものを持つ」とか正直どうでもいいです。むしろ「その程度のことでドヤ顔すんなや」とすら思いますね。

それよりも、女性が社会で不当な扱いを受けている時に女性側の気持ちを理解しようとし、女性のために一緒に怒ってくれる人がいい。
これができる男性は本当に少ないんです。なぜなら「男から見た社会」と「女が日常的に経験している社会」は絶対的に異なるので、女性目線にならない限り気付かないことが多すぎるから。
女性が普段どういう抑圧や不自由を受けているのかを理解できる男性は女性への思いやりもあります。

また、女性と同じように社会的弱者である子供を「性的要素も含めたあらゆる悪意から庇護すべき対象」と認知している男性は自分よりも腕力や身長が小さくて弱い存在への配慮ができるので、優しいんですよね。
日本だけでなく未だに家父長制が強い他の国々にも言えることですが、体や力の大きい男が威張り散らし、女性や子供という弱い存在が萎縮するような社会は前時代的で歪んでいると思います。

8.SEXが愛情にあふれている

はい、これがめちゃめちゃ重要!

私は頻繁にSEXしたいので性欲が淡白な人は困る。
今度彼氏候補を見つける時には「どれくらいの頻度でSEXしたい派?」って事前確認したいな。「5回/日」とか言ってのける猛者が現れたらジム行って鍛えなきゃ。

正直に言うと私は20代前半までずっとSEXが嫌いだったんですよ。濡れないから痛いし気持ちよくないし、単に男側が腰振って射精して終わりというだけなのでSEXをする度に虚しくなっていました。

でも、あるスリランカ人男性と関係を持った時に「SEXってこんなに気持ちよくて楽しかったのか!」と衝撃が走った後はSEXに対する姿勢が180度変わりました。「SEXはお互いに楽しむもの」というスタンスだった彼は女性が喜ぶ場所も心得ていたんです。

いやあ、あれはまさに青天の霹靂。体にビビビッと電気が走ったよ。

その人に会うまで自分は不感症とばかり思って悩んでいたので(元彼には「病院行けば?」とまで言われたことある)素人からプロまで色々な人と試したりしていましたが、単にそれまでの男が下手クソだっただけなんですね。

ていうか、そもそも「不感症」って何なん?SEXが下手な男が「SEXが気持ちよくないのは俺が悪いのではなく女の体に欠陥があるせい」と思いたくて作った言葉なのでは???(だとしたら怒りしかねえ)
もし今「不感症なんじゃないの?」とか相手に言われたら「いや、お前のSEXが下手なだけ」と言い返せる。

個人的には、SEXが上手い人と下手な奴の違いは「相手の女性が気持ちいいかどうかを考えられるか」だと思いますね。
女性の反応を見ながら愛情をもって愛撫に時間をかけてくれる人は最高。SEXって相手に大きな愛情を伝えられる手段なので、そういう相手とのSEXはこっちも幸せになる。
反対に下手な奴は「俺がイクこと」しか考えてないのでAVの真似事しかしません。マジで「TENGAでも買えや」と思う。

もともと日本社会では男性から女性に向ける尊重や敬意が欠落しているせいもあると思うのですが、個人的には日本のAVが相当な悪影響を与えていると感じます。海外ポルノには女性側も楽しんでいるものも多いのに、日本のは大抵男側が女性そっちのけで勝手に腰振ってるだけなんですよね(もしくは嫌がる女性に加害したり、現実離れした女性が一方的に奉仕するだけ)。

あんなこと現実でされても女性はSEXなんか楽しめるわけないやん。日本人のSEX回数が少ないのは仕事の過労やらスタミナ不足とか云々の前に、男のSEXが下手だから日本人女性のセックス満足度が低くてセックスレス率が高いのでは??とすら思う。過激派すぎ?
女性が女性のために作ったAVの一つである「SILK LABO」の動画を100回くらい観て勉強してほしいわ。

長い余談:日本におけるセックスレスの異常な高さ

お気付きの人もいるかもしれませんが、私はフェミニストです。そのため、この長い余談では女性を全面的にバックアップしていきます。

「日本ってセックスレスの人多いんでしょ」と外国人の知り合いに何度か聞かれたことがあるのですが、実際に世界各国と比較しても突出してレス率が高いようです。東洋経済オンラインの2014年の記事「あなたは大丈夫? 「セックスレス大国」日本」で詳しい数値が挙げられているので一部紹介します。

2005年にコンドーム会社によってヨーロッパやアジアの41ヶ国で調査された結果によると、日本は「年間SEX回数平均」では最下位(45回/年)、「SEX満足度平均」は最下位から2番目(24%)です。
SEX回数が1番多いのはギリシャの138回/年で、それ以降はクロアチアやセルビア、ブルガリアという東欧各国やヨーロッパ圏が続きます。ヨーロッパ各国に比べるとアジア各国は大体低いのですが、日本の次に少ないシンガポールですら73回/年、インドは75回/年と、年間45回の日本だけが明らかに少ないことが分かります。

次に、SEX満足度の世界平均は44%なのに対し、日本は24%の割合の人しかSEXに満足していませんでした。そこでセックスレスの日本人男女に「相手とのSEXに不満」という項目に回答してもらうと男性の比率は21%だったのに対し、女性は43%と一気に2倍に跳ね上がっていたのも特徴的だと思いました。
明らかに日本の女性はSEXで満たされていないんです。

「SEXに対してオープンである」という日本人の割合は20%(世界平均:45%)で、性に厳しいインドネシアやマレーシアのようなイスラム圏よりも低く、日本人はパートナーとSEXについて話すことができていない状況も明らかになっています。

確かに日本社会では「SEX=絶対的なタブー」のような雰囲気が強く、男女間の違いを教える「性教育」という言葉や生理用ナプキンですら恥ずかしくて卑猥なものと認識されている場合が多いです。
その反面、駅や街の広告だけでなく週刊誌や漫画の画像には男の性欲をそそる性的コンテンツが氾濫しているので日本を訪れる外国人はその状況に驚くそうです。というのも、海外では性的コンテンツが公共の場で堂々と広がっていることはまず有り得ないからです。

セックス負け国! 世界最低のsex回数の理由」に2007年に改めて再調査された結果が載っていますが、2005年の結果とは大分順位が入れ替わり1位はギリシャ(164回/年)、次いでブラジル(145回/年)、ロシアとポーランド(144回/年)が続きます。
そして、日本は「年間SEX回数平均(48回/年)」「SEX満足度平均(15%)」「SEXを大切だと思うか(39%)」全てにおいてやはりダントツ世界最下位の結果でした。

私は日本にいた頃、公共の場やネット広告で目にするラノベやソシャゲ、エロ漫画といった性的コンテンツが心底不快でした。
あれらには女性に対する敬意が微塵も存在しないどころか、女性を単なる「性欲発散対象」と見なしているからです。男の性欲が優先されている社会で女性に対する敬意が生まれないのは自明の理だと思います。

日本で育つとこういう環境が当たり前のものになってしまうので、女性であってもそのことに疑問を抱いていない人も多いです。また、外国人であっても「日本はエロが許されてるから」と自国の女性には決してしないような無礼な態度を日本で行う人もいます。
でも、実際は性的コンテンツが日常に溢れかえっている日本社会が異常なだけです。日本のエロアニメやAVは今や「Hentai」として世界中に広まっていますが、これは女性にとっては不幸な傾向だと思います。
実際に現実で被害に遭うのは女性で、エロコンテンツで抜いてる男連中にとっては関係ないことだからです。

私は現在日本を出て海外で過ごしており、外を出歩いている時に性的コンテンツが一切目に飛び込んでこない環境がいかに快適かを日々痛感しています。また、そういう環境では通りすぎざまにわざと男から体当たりされたり舌打ちされたり暴言を吐かれたりといった日常的な加害も無いので安心して歩けます。
「日本は治安がいい」というお決まりのテンプレには「※男だけにとって」という注意書きを付けた方がいい気がします。女性や女の子にとっては毎日が地獄です。

フェミニズムについて数多くの問題提起をしている服部元気氏のコラム「日本人男性のSEXが女性の6割以上を性嫌悪にさせている」も、多くの女性が「分かる分かる」ボタンを連打したくなる記事かもしれません。
2017年に日本のネットで行われた調査によると「SEXが嫌い/あまり好きではない」と回答した女性は6割以上に達し、男性(22%)の3倍だったそうです。

氏はその理由として「性暴力の日常的な蔓延」「性暴力を描いたAVの多さ」「女性性消費文化の極端な発達ぶり」の3つを挙げています。
女性を対等な人間と見なさず、単なる男の性欲の捌け口にすることに何の疑問も抱いていない日本社会では女性がSEXに対して恐怖感や不快感を抱くのも無理はないし、セックスレスが進むのは当然の成り行きだと思います。

もし自分がSEXが嫌いだったり気持ちよくなれない理由を「私が不感症だからなのかも…」「私がSEXに対して良いイメージを抱けないせいかも…」と気に病んでいる女性がいるのなら「あなたは全然悪くないよ」と言ってあげたい。

自分の中でこういう結論に至ったので私はあのスリランカ人男性との「青天の霹靂SEX」以降日本人とSEXしてないし、今後も二度とするつもりがありません。私はSEX中に私のことを気遣ってくれる人とSEXしたい。
私の心と体が求めるものは海の向こうにあったんやわ。

また、外国の男性であっても日本のAVを愛用している人とはSEXしたくないです。「日本人女性はこういうのが好きなんだろ?」という具合に平気でAVの真似してきそう(実際されたことある)。
日本のAVのせいで外国人男性達から日本人女性が「男に従順&エロエロ大好き系」だと思われているのは憤懣やるかたない。
日本の有害なAVが無くなれば日常におけるセクハラ加害や女性蔑視だけでなく下手なSEXも減って日本人女性にとっての世界は多少は浄化されるんじゃないかな、と過激派の私は思うよ。

ただ、当然だけど外国人が全員SEX上手いってわけでもない。自己中な奴もおった。でも個人的経験から言うと圧倒的に日本人よりもムードの作り方が上手いし愛情の伝え方やSEXの幅も広かったのは確か。
これについては日本人男性と外国人男性とのSEX経験が多い他の日本人女性の意見も聞いてみたいし、なんなら他の国の女性の意見も気になる。

長くなったので1行でまとめると「女性の気持ちを優先できる人はSEXも上手いと思う」

こうやって色々挙げてみたけど、結婚する上で総合的に1番重要なのはやっぱり「その相手が気が利くかどうか」かな。

3.私は”ママ”じゃないねん

私は色々大雑把で雑なんですが、他人の考えていることやしてほしいことに割と敏感に気付いちゃうタイプです。
ただ困ったことに、そのせいで「甘えたい欲求」が強い非モテ男子から好かれることが10代の頃から多かったんですな。

私が感じる彼らの最も嫌な点は、かわいい女性の前では緊張してキョドるくせに美人でもかわいくもない見た目の私に対しては「こんな俺でもいけそう」と思って接してくることよりはむしろ(それはそれで腹立つんやけどな)、こっちに平然と「ママ役」を求めてくることですね。

彼らは自分からは何も与えないのに私からはケアを得ようとしてくるんですよ。あまりにも不平等すぎる。
例えば「はあ…」だけLINEしてきた奴とか。それが彼氏なら私も「どしたん?」と聞くけど、彼氏でも何でもない男に「はあ…」だけ送られてもこっちは「はあ?!!?!」しか思わんねん。

「常に他人を助けたい人」と「常に甘えときたい人」とがくっつけば共依存関係みたいに上手くやれると思うのですが、私はそうではないんです。
私も相手から助けられたいし支えられたい。

念のためですが「気が利かない人」と「甘えたい人」は必ずしも一致しません。「いつもしっかりしてて優しいけど時々甘えん坊」みたいな人は逆にかわいい。
でも、個人的には「甘えたいだけの人」は確実に気が利かないと思います。なぜなら自分のことしか考えてないし、そもそも面倒なことは全部他人任せだから。ママが子供にしてあげるようなことを自分も相手からされたいと望んでいるんです。
だからモテんのやろな。

「気が利く人」は相手の感情の機微にも敏感なので、例えば私が少し疲れている時もそれに気付いてくれると思います。また、人間付き合いでも相手の気持ちを想像して優先できるのでその人と一緒にいるだけで落ち着けるはずです。

まとめると、27歳という年齢になって辿り着いた結論は「私は絶対”気が利く”男性と結婚するぞ」ということですね。
「気が利くタイプ」と「気が利かないタイプ」が一緒にいると明らかに「気が利くタイプ(私)」の方が損することが増える。

以下にその例を挙げてみるよ。

4.一人で漕いだ方がマシでは

夫婦というのは二人で一緒にボートを漕いでいくような関係だと思うんです。荒波や日照りの日にも協力し合ってなんとか乗り越えていくような。
でも、このボートに「気が利くタイプ」と「気が利かないタイプ」が同乗している場合、明らかに「気が利くタイプ」が苦しむ場合が多いと思います。

例えば船底に穴が空いて浸水している時、「気が利くタイプ」はすぐにそれに気付くので穴を塞いだり水をボートの外に汲み出したりします(例:家事)。でも「気が利かないタイプ」はそういう労力に一切気付かないので、ボートに穴が空いていたことすら知らずにボケーッと座っているだけなんです。
そのため、「気が利くタイプ」がどんどん疲弊していく。

個人的に、「気が利かない」側はこういう場合に相手に「船底に穴が空いてるよ」と言って何もしないだけの人が多い気がします(もしくはそもそも気付かない)。

そんな状態で何十年も同じボートで過ごすのは「気が利くタイプ」側にとって負担でしかないから、私なら「こんな同乗者いらんわ」と思ってそいつを海に突き落とすのはさすがに気が咎めるので近くの岸辺に置き去りにするかな(優しい)。
気が利かない同乗者のせいで私が苦労するなら私一人だけで漕いだ方が圧倒的に楽やん。

5.「結婚」に対するイメージの変化

上記のようないくつかの要素が自分にとって重要だと思うに至ったのは、「色々失敗を重ねまくってきたから」というのが大きいかもしれません。

というのも、結婚に対して慎重になりつつある今とは反対に、子供の頃は「好き」という気持ちと「結婚」の距離がとても近かったんです。
例えば、「○○くんのこと好き。だから将来結婚したい!」という具合に、まるで「1+1=2」のように簡単に考えていました。

以前友人と結婚観について話していた時に思ったのですが、子供の頃は結婚によって発生する共同生活の不都合、義家族との折り合い、仕事、生活費、その他諸々の人生プラン…という面倒事を全く想像できなかったからこそ、「結婚」という言葉に伴う華々しいイメージだけで考えられていたんでしょうな。
あとは、女の子向けの本や漫画のハッピーエンドが大体「好きな相手との結婚」だったのも子供の頃の短絡的なイメージ形成に繋がったのかも。

その反面、社会人になると「好き」と「結婚」の距離がどんどん広がっていきました。そのせいで「この人良さげな性格やけど結婚はしたくないな」とか偉そうな脳内コメントを繰り広げたりとかね。

ジブリキャラで言うなら、高校の頃は「ハウルもアシタカもどっちも捨てがたし!」と思っていたものの、大人になって改めて考えてみると「ハウルはナルシストな上に困ったことは全部ソフィー任せにする奴やし、アシタカの目は”曇りなき眼”すぎてストレスフルな現代社会では生きていけなさそうやな…やっぱ結婚するならパズーみたいに頑丈でタフな人がいいな」と自分の中で基準が変わったりしたよ。

結婚生活というものは相手と別れない限り一生続く他人との共同生活なので、その相手と一緒にいることで喜びや幸福を感じるだけでなく、時として不満や苦しさやストレスを感じることもあると思います。そのため、一時的に盛り上がった「好き」という恋愛感情だけで今後数十年間の関係を保たせることはできないことに気付いたんです。

それに加えて、結婚するには相手の人間性以外にもそれまでの社会経験、仕事への責任感、経済力、自立しているかどうか、他者への共感能力があるかどうか…といった要素も当然絡んでくるので、「この人となら」と思える人には滅多に出会えません。大人になるほど希望選択肢が狭まっていく。
むしろそんな人に出会いまくってる方が凄くない?私はそんな状態、乙女ゲーの中でしか経験したことがないよ??

前回の恋愛の失敗

ただ、私の場合正直に言うと上記のことは頭では分かっているのに、自分を現状から別の場所に連れ出してくれる手段として安直に「結婚」という選択肢に飛びついた時もありました。
その時の恋愛はまあ~見るも無残で、今思うとなぜあんな甘ったれの馬鹿野郎インド人彼に対して夢中になっていたのか微塵も理解できません。
あんな男とやってたSEXがめちゃくちゃもったいねえ。

もし過去に戻れるなら「おい私、何してんねん?!そんなクソ男早くどっかに捨てろ!」と全力で伝えるけど、恐らく過去の私は未来の私のそんな必死のアドバイスにも耳を傾けないと思いますね。
だってそのクソ男と結婚まで望むようなトチ狂ってた時の私だし。

正常な判断能力を失っていた時、私は「結婚」に飛びついたんです。
それは単純に意味不明に恋愛に無我夢中だった時でもあったし、仕事のせいで精神が擦り切れていた時でもありました。その時の自分には「結婚」は明らかに「逃避先」で、「希望」でした。

でもその時の私は「結婚」というラベルが貼られた箱の中身のことは何も考えていなかったんです。敢えて見ないようにしていたのかもしれんけど。
現実を見る覚悟も無いような時に「結婚」なんていう人生の大きな選択をしなくて良かったと今は心から思います。血迷っている時に下した選択は大抵、後から自分を苦しめるから。

甘ったれの馬鹿野郎と別れた後、私はすぐに別の人と知り合い、その彼とWhatsappを通して1年近くも文通を続けていました。ブログの中でもちょいちょい登場していた「文通友達の彼」がその人です。
ただ、自分のことを正しくケアできるようになるにつれて「この人は私の未来に要らんな」と思うようになったので知り合ってちょうど1年経った頃に私の方から関係を終わらせました。

終わらせた理由は色々あります。
彼は恋愛経験がほぼ無くて1年経っても延々と同じようなやり取りしかしようとしなかったことやプライドが高い非モテ男性あるあるな承認欲求が強いタイプだったこと(「”すごいね!さすが!”って言われたいんやな」とすぐに気付くような俺アピールの連続)、また、メッセージを何通もずっと送ってきていたのは私を好きだからやり取りを続けているのではなくて単に「TinderでMatchしたのが私だったから」続けているに過ぎないと気付いたことなど。

でも1番大きかったのは男のエロのノリを女の私に向けることに彼が何の疑問も抱いていなかったことです。それが女性にとって不快で失礼であることに彼は無意識で無知でした。その無意識に傷つけられる度に私は彼を注意してきたものの、いい加減それにうんざりしてきたんです。

「女性の気持ちを尊重してくれる男性なんて他にごまんといるんだから、別に彼じゃなくていいやん」「何で毎回毎回”それが女性にとって失礼にあたる理由”を私が解説してやらないけんねん」と思った後は急速に彼への気持ちが冷めていきました。

宇多田ヒカルの「Pink Blood」にも『私の価値が分からないような人に大事にされても無駄』という歌詞がありますが、本当にその通りだと思う。

前回のボロボロの恋愛を経て「付き合うなら私を傷つけるような男ではなく、私の価値観に共感して喜んでついてくるような男がいい」と思うようになったのは良いことだと感じます。
自分主体で考えられるようになったからこそ自分がパートナーに求める条件も明確になりました。

自分の将来の目標の方が大事

また、私は以前から憧れていた職業に就くために来年カナダのカレッジに留学予定です。その後は現地で永住権を取得してそのまま大学に通います。市民権取得も考えているものの、もしかしたらカナダ以外の国で生活するかもしれません。
ただ、そういう過程を含めるとその職業に就けるまでには最短7年はかかる見込みなので、私の今後数年間は自分の人生の岐路を定めるために大切な時間になりそうなんです。

現在27歳なので結婚や出産のことも視野に入れた方がいい年齢に差し掛かっているのは理解しています。将来子供を産むかどうかも未定ですが、高齢出産による母子双方へのリスクを考えると20代後半~30代前半の時間を自分のためだけに使うことに一瞬の迷いも生まれます。

ただ、「自分の夢」と「結婚」と「30歳以降の人生」を考えた時、私にとっては「自分の夢(自分のなりたい職に就く)」を追うことが1番大切なのだと気付きました。今のフワフワした状態で結婚しても「結婚」という関係性が足枷になりそうなんです。
そのため、自分が相手に求める要素も明確になっただけでなく、自分の夢への計画も着々と進んでいる今は「まだ結婚しなくていい」と考えるようになったんだと思います。
もう結婚を逃げ道にしたくないし、結婚によって自分の人生の選択肢を狭めたくない。今は自分の人生に集中したい。

6.女性目線で20~30代を描いた作品

アジア圏は欧米圏と比べると「家族」という共同体の存在が強すぎるので「若者は適齢期になれば結婚して子供を産んで一族の繁栄を担う」という社会的風潮も強い気がします。日本と同じ東アジア圏なら中国や韓国でも女性は30歳頃になると結婚に焦り始めるらしいです(最近は自立した女性が増えて変わりつつあるらしいけど)。

この社会的風潮は様々な媒体で描かれており、私は自分がまだ該当年齢ではなかった頃は「こういう感じなのか~」と好奇心から眺めていただけだったものの、20代に差し掛かると共感できるもの欲しさで手を出してきました。
漫画、映画、ドラマで好きな作品をそれぞれ挙げてみます。

1.女性向け漫画で好きな作品

漫画でいうなら、おかざき真里の漫画「サプリ」が大好きです。有名すぎて説明の必要も無いかも。

大学の頃から好きでしたが、自分が社会人になってから改めて読み直すと登場人物達の心理描写に共感してばかりでした。
作中の女性陣は全員最終的に「結婚」を選ぶものの、それを選ぶまでの過程で描かれる仕事への姿勢や葛藤、心理描写がリアルで、「見本にしたい女性像はこんな感じかな」と自分の中で見つけることができました。

あとは「こんな形の結婚もあるのか」と思ったのは、河内遙の漫画「夏雪ランデブー」です。若くして未亡人となった花屋の店長の女性と彼女に恋した青年と、なぜかまだ現世を浮遊している死んだはずの夫の3人が織りなすストーリーで、河内遙の独特な言葉選びや雰囲気が好きな私にはドストライクな作品でした。
河内遙作品でいうと、見た目も頭脳もスーパーハイレベルな男・関根のたどたどしくて初心な恋愛を描いた「関根くんの恋」も好き(これは結婚を軸にしてないけど)。

2.香港映画「29歳問題(原題:29+1)」

「20代後半の女性の葛藤」を描いていて印象的な映画は香港の「29歳問題」ですね。
簡単にあらすじを。

仕事も恋愛も順調な主人公のクリスティは29歳。ただ、ある日何かが崩れ始める。
それと同じ頃、クリスティは自分と同じ年齢の女性ティンロの家に仮住まいすることになり、そこで偶然ティンロの日記を見つける。何もかもがうまくいかないクリスティとは対照的に人生の些細な幸せをを喜び、満ち足りた日々を送っていたティンロ。彼女の日記を通してクリスティは自分の生き方を見つめ直していく…
公式サイト

クリスティ目線で物語が進んでいくので鑑賞後は映画の中のクリスティのように人生に対して晴れ晴れとした気持ちになりました。
クリスティの年齢に近付いた今もう一度観たいな。

以下が日本版公式予告です。
女性向けの映画なのに何でナレーションの声が女性じゃないのか(憤怒)。

3.アメリカドラマ「The Bold Type(邦題:NYガールズ・ダイアリー 大胆不敵な私たち)」

女性ファッション誌「スカーレット」で働く20代後半の仲良し3人組が仕事や恋愛、自分の家族や人生といった様々な問題に直面し、前向きに乗り越えていく様子を描いた最高のドラマです。ちなみに私の推しはサットン。
日本ではHuluとNetflix(英語設定)で配信されています(ファイナルシーズンであるシーズン5が近々配信予定)。

特に良いのが彼女達が精神的に自立していてSEXに能動的なことですね。アジア圏のラブコメではなかなか見れないくらいガンガンSEXを楽しんでるんです。彼女達は男のために自分を犠牲にしたりなどしません。
確実に18禁ドラマですが、それくらい赤裸々の方が20代の私には共感できる。

また、随所随所でフェミニズムが描かれているので女性の権利に関心がある人は勇気づけられる内容だと思います。やはり「女性の味方は女性」ですよ。
大好きな作品なのでいつか感想記事書きたい。

以下はシーズン1の公式予告編です(英語音声/字幕なし)。
我が推し・サットンは地下鉄駅で青色のドレス着てるブロンドヘアーの女性。

終わりに

今回色々書きまくってて思ったのは「今までの恋愛や人生経験で無駄なものは無いのかも」ということですね。
優しくて私を本当に好きでいてくれたけど人生観と体の相性が合わなかった大学の頃の元彼や社会人になって付き合った亭主関白&自己中な馬鹿野郎インド人元彼、自暴自棄になって歌舞伎町やらTinder界隈、SMバーやその他怪しいバーやらで衝動的に発散しまくってたSEXの数々など、正直言うと20代になってからまあ色々あったよ。

でも「クッソ~、こんな失敗するんじゃなかった~~」と何度も天を仰いできた経験は、私がこれから本当に大切な相手を見極める際の貴重な試金石になると思います。失敗しまくってきたことで「自分が相手に何を求めているのか」「自分はどんなSEXが好きなのか」「自分は何をされたら嫌なのか」なども大体分かってきました。

ただ、こういうのは負のトラウマになるリスクもあるので他の人にお勧めできるような経験ではないとも分かっています。私の場合は馬鹿野郎インド人元彼のせいで一時期SEX恐怖症かつ男性恐怖症になったから。
負の経験はしないに越したことはないけど「あちゃちゃ…」と感じる痛さも強いので、暴走していた頃の自分にとってはお灸になったかも。

最後にまとめると、留学に勉強に将来のキャリアに…と自分にとって重要なことが控えまくってる今はまだうどんを注文する気にはならんので、「私が食べたいうどん(結婚相手)はまさにこれ!」と自発的に思うようになるまではこれからも色々経験や失敗を重ねていこうかね。

そして将来は自分史上最高に美味しいうどんを自信満々で注文する。

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