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日本を出て10日ほど経ち、思ったこと

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ブルガリアに来たばかりの初日の夜、日本とは異なる数々の「不便さ」とも呼べるものを思い出したり、ブルガリア語が分からないことを考えたりして「私はここでやっていけるんやろか…」とぼんやり思ったのですが、翌朝にはケロッと忘れて「まあ何とかなるやろ」と思うようになり、10日経った今も実際特に問題なく何とかなっています。

言語については、独学で学ぶものと実生活で聞こえたものとでは記憶の残りやすさが異なる気がしています。
狭い店内ですれ違う女性に言われた「イズビネーテ」、切符を買いたい私の意図をはかりかねた女性に言われた「モーリャ?」、ブルガリア人同士の電話や会話の至るところで聞こえる「ドブレ」…
そういう基本的な言葉をまるで子供のように少しずつ覚えていっています。覚えては口に出して練習し、使ってみて…の繰り返しです。
また、ロシア語の単語と似ているものがあると「お」と思ったりもします。

ここで日々を送る中で「不便だ」と思うのはただ単に自分の中での「普通」の基準値が高いせいなので、海外滞在時にコンセントのアダプターを付け替えるように、適宜その基準値を見直せばいいということに気づきました。
そうすれば「日本ver.」の眼鏡では不便に思えるようなことでも「現地ver.」の眼鏡を通して見ればさほど大した問題ではなくなります。

むしろ、例え道路がひび割れてデコボコだったり、受動喫煙が多かったり、シャワーを浴びる際に工夫が必要だったりしても、日本にいた時にストレスを感じていた過剰なサービス、目障りな広告や耳障りな公共の音声、人々の苛ついた雰囲気といったものを一切感じずに済む今のブルガリアでの日々の方が人間的にはるかに健康的だと感じています。

私が日本を出たいと思っていたのは、上記の要素に加えて腐敗した政治や社会構造、疑問を呈さずにはいられないモラルや人権意識の低さ、踏みにじられる女性の性、どこでも蔓延る陰湿なミソジニー体質、他者への嘲笑や悪意、憎悪が氾濫したメディアや日常生活、教養を軽んじる非科学的な一般通念、旧弊で非効率的な方法への拘泥、ナショナリズムの暴走ともとれる過剰な日本礼賛と、諸外国への傲慢な態度…などという点において、日本の毎日の生活で受ける精神的ストレスがあまりにも肥大し過ぎていたため、自分の精神を潰さないためには出国以外に解決方法が無いという、ある意味切迫した理由からでした。

外を出歩く際、日本では女性というだけで向けられる悪意や嫌悪感情をブルガリアでは全く警戒する必要がないことも私の精神的安寧を保つことに大いに寄与しています。道や電車ですれ違う男性がきちんと体を避けてくれる、そんな程度のことすら日本では全く考えられないことでした。何度悪意の伴う体当たりをされたか分かりません。
そのせいで私は日本で外に出る時は常に怒りに近い感情を抱きながら歩いており、毎回それに費やすエネルギーの多さにも疲弊していました。

ブルガリアに来て間もないですが、上記を解決するために日本を出た私の選択は間違っていなかったと思っています。「一人の人間」「一人の女」としてまともに生活できるということがこんなにも楽だとは知りませんでした。
また、生活に本当に必要なものだけがある環境に来たことで、今までどれだけ情報過多・物質過多な社会にいたのかも痛感することができました。「海外で長期的に日常生活を送ってみる」という今の日々は、今後一生日本で生活しないという自分の将来設計図をより補強し、自信を持たせるものになっています。

ただ、所詮はまだ10日の感想です。
その国の言葉に通じ、そこで現地の人々と同じ環境で働いて生計を立てて生きない限りその国の本当の姿を理解することはできないと思うので、今の私はブルガリアという国のほんの僅かですら掴んでいないのです。
そのため、「何も困ったことがないからブルガリアはいい国」という風な短絡的な感想は微塵も抱けません。むしろ、何も知らない現状に対する緊張の方が強いかもしれない。

また、激しいアジア人差別を受けていないということも、現在私が気楽でいられる理由の一つだと思います。
日本人である私が人種差別を受けないと断言できる唯一の国は日本しかないのですが、私は今後は日本以外の国で過ごす予定なので否応なしに人種差別と向き合うことになるはずです。

まあ、こういう呟きはここらへんで。

今週はSofiaに滞在し、来週はBlagoevgradに滞在する予定です。

毎年6月に開催されるブルガリアの大々的なイベント「バラ祭り」を見るための滞在先も予約しました。ブルガリアは世界的に有名なバラの産地らしく、お土産屋でもバラに関する製品を多く目にします。

バラ祭りはkazanlak(カザンラク)という小さな町で6月の第1週に開かれ、バラに関する行事やブルガリアの伝統衣装を纏った人々によるパレードや演奏などが繰り広げられるものだそうです。ブルガリアに滞在可能な90日間でちょうど行ける日程だったので、滞在先をすぐに予約しました。

ただ、3月中旬の今ですらカザンラク中の宿の予約が埋まっており、そこから15km以上離れた周辺の町しか選択肢がありませんでした。ぎりぎり予約できて良かったです。

ブルガリアの次に滞在する国は未定です。
願わくばタイやベトナム、台湾といったアジア圏で過ごしたいのですが今の情勢だと可能になるのは最短でも秋以降のようですね…

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