HOME > Abroad > ブルガリアで感じたカルチャーショック期

ブルガリアで感じたカルチャーショック期

ヨット

3月初旬にドーハ経由でブルガリアに来て1ヶ月経ちました。現在はホステルやアパートで過ごしながら気楽にブルガリア各地を転々としています。

ブルガリアには観光目的で来たわけではなく、日本以外の場所で生活するために来ました。そのため、現在は貯金でやりくりしています。ただ、どうせ滞在するなら各地の名所にも行ってみようと思ったので90日間をフルに使ってあちこちを巡ることにしたんです。

ブルガリア生活も1ヶ月経った今、思ったことなどを書いていきます。

現時点で訪れたブルガリア各地点

ブルガリア国内での都市から都市への移動手段は長距離バスが大半で、たまに鉄道を利用しています。

今はブルガリア第3の都市Varnaにいます。現時点でこれまで巡った場所は以下の10ヶ所です。ブログに書きたいことは溜まっているので、少しずつ書いていきたいものですな~

1.Sofia

sofia

ブルガリアの首都。最初はソフィア市郊外に滞在し、その後に市街中心地に滞在してあちこち歩き回っていました。メトロや路面電車が走っているので便利です。近代の重厚な建造物があちこちに残っているのはすごいですね。

2.Bragoevgrad

blagoevgrad

ソフィアから100km南下した小さな町で「リラの僧院」が有名ですが、僧院までの道が道路工事で封鎖されていたので行っていません。アメリカン大学があり、この都市の住民の25%は学生だそうです。

3.Plovdiv

plovdiv

ローマ帝国やオスマン帝国時代のオールドタウンや円形劇場が有名なブルガリア第2の都市です。街もきれいで適度に必要なものがあるので過ごしやすかったです。古い町並み全体を残したオールドタウンは散策にうってつけでした。

4.Hisarya

hisarya

Povdivから鉄道で北上した所にある小さな町。かつて町を囲んでいた城塞がほぼ形を残した状態で現存していました。遺跡としての迫力が1番大きかったので個人的に気に入った町です。

5.Asenovgrad

asenovgrad

こちらもPlovdivから鉄道で向かい、崖の上に建てられた教会や山奥の寺院を巡りました。

6.Burgas

burgas

Plovdivから鉄道で4時間ほどかけて向かった黒海沿岸の町です。リゾート地なので街は整備されていたものの、残念ながら最後まで好きになれない場所でした。

7.Sozopol

sozopol

Burgasからバスで1時間ほどのリゾート地です。オールドタウンに惹かれて行ってみたのですが、Plovdivに行った後だったためか正直に言うと期待外れでした。

8.Nessebar

nessebar

Burgasからバスで2時間ほどの世界遺産の島です。古い町並みやかつての海洋文明を感じさせる遺跡が数多く残っていました。海も綺麗だったので気に入りました。

9.Balchik

balchik

Nessebarよりも少し北上した黒海沿岸の港町です。海沿いはホテルだらけで特に見る場所はないのですが海鮮料理を食べれたことが満足です。

10.Dobrich

dobrich

Balchikから40kmほど北上した場所にある小さな町。食料の買い出しのためにバスで行ってみました。

ブルガリアでは若い人でもほぼブルガリア語しか通じないので、今はブルガリアで過ごすうちに身に付いていったブルガリア語の僅かな語彙でなんとか凌いでいます。

もともと一人で過ごすことが好きな私は東京で働いていた頃ですら家にひたすら引きこもって誰とも話さずに過ごしていたせいか、人とほぼ話さないブルガリアでの生活もあまり苦ではないです。

ただ、1ヶ月もすると別の問題が発生しました。

カルチャーショック期に陥った

海外生活での不安要素の一つとして挙げられるのは「カルチャーショック」だと思います。私も例に漏れずこれに陥りました。

カルチャーショックの度合いの説明として有名なのはカナダの人類学者Kalervo Obergが提唱した以下の4段階ですね。

  • ハネムーン期
    今までと異なる環境に来て、真新しさから何をしても楽しい状態。通常数日間~数ヶ月。
  • ショック期
    現地の負の側面を知ったり、孤独や挫折感を感じ始めて現地生活が辛くなる状態。
  • 回復期
    現地生活に心身ともに慣れてきて、色々なことに対処できるようになってくる状態。
  • 適応期
    現地人と同じ文化や生活に溶け込んだ状態。

留学する学生向けの「カルチャーショックと文化適応のヒント」ページが分かりやすかったです。

私にとってのハネムーン期

ブルガリアに来たばかりの頃は見聞きするもの全てが新鮮で面白く、とにかく日本と違う文化に毎日わくわくしていました。
キリル文字を読めたり、ブルガリア語が通じただけで嬉しく、日本と比べると明らかに不便な物事にも肯定的な姿勢で受け止められていました。

この気持ちを表すのに最適な1文をトルストイの作品の序盤を読んでいた際に見つけたので引用します。非常に共感しました。

人々が粗野であればあるほど、文明の影が目につかなければつかないほど、彼は解放感に包まれた。

引用元:トルストイ作「コサック 1852年のコーカサス物語」(光文社古典新訳文庫)

この1シーンの状況を簡単に述べると、モスクワで親の脛を齧って生きてきた貴族オレーニンはある日それら全てを捨てて遠いコーカサス地域に向かいます。そこではコサック(山で狩りや強奪などをしていた戦闘集団)や山賊がモスクワの貴族社会とはかけ離れた生活を送っており、彼は新たな世界に踏み込むことを全身で喜んでいたんです。

私がブルガリアで当初感じていたのもこのような気持ちでした。東京とは全く異なる雰囲気、景色であるほど「日本社会が届かない遠くまで来たんだな」と嬉しく思っていました。

私にとってのショック期

そんな私の場合のショック期は4週間目くらいでやって来ました。

ブルガリアで口にする食事や滞在先の部屋の色々なこと、今までは気にならなかったブルガリアの人々の態度が少しずつストレスになってきたんです。恐らく、旅行気分が抜けたことで色眼鏡が消失してきたんでしょうね。
ちょうど黒海沿岸地域に到達した頃で、あの1~2週間は無性にもやもやすることが多かったです。そのせいもあってBurgasやSozopolを楽しめなかったのだと思います(街自体の魅力は置いといて)。

この頃はブルガリア語を耳にするのもストレスだったので、部屋に引きこもってはNetflixを観たりしていました。この時に観たのはNetflixドラマ「Spinnig Out」以外ではスペインのNetflix映画「The Platform」とパキスタン映画「Daughter」です。

アメリカドラマの「Spinning Out」の感想

その土地に数日間しかいない通常の旅行や短期間の滞在ならハネムーン期しか経験しないので「楽しい」という気持ちだけで過ごせるのも納得しました。
また、滞在する期間だけでなく、その際に現地の人々と接するかどうかもこれには関わってくると思いました。

日本人同士なら言葉でいちいち説明しなくても簡単に通じる物事は多いです。
ただ、現地の人々とコミュニケーションをとろうとすると、日本人同士でなら発生しない齟齬や違和感を否応なしに味わうことが少なくないので、これが毎日続くと見えないストレスが少しずつ溜まっていくんですよね。

そのため、外国の現地企業で現地同僚に囲まれ、現地の人々と同じ生活を数年間も送っている人はすごいなとも思いました。四半世紀以上かけて培ってきた自分の価値観を見直し、その国に合うように適度に修正していくのは生半可なことではないように感じます。
反対に、1番楽なのは外国にいながら日本人に囲まれ日本語で生活することだとも感じました。ただ、それは私の求めるものではないので興味がないです。

ショック期に陥って気付いた自分の中のアジア

通常、ショック期にホームシックにかかるようです。

私は生粋の日本人であるにも関わらずなぜかやたらと中国・台湾文化を求め始めました。
「中華料理が食べたい」に始まり、「中国語音楽を聞きたい」「中国語ドラマを観たい」というように日に日に欲求が大きくなったので、ブルガリアにいながらYoutubeでは好きなCPOPを流してNetflixでは中国語作品を探したりしていました。

その時に観た台湾ドラマ「恋するマフィア娘」の感想

ショック期で気付いたのは「自分はやはりアジア圏文化が落ち着くらしい」ということです。

今までカナダ、フィンランド、台湾、タイに行ったことがありますが個人的に居心地が良かったのは台湾やタイのようなアジア圏だったので、ブルガリアに来る前から「自分は欧米圏よりもアジアが合うんだろうな」とは感じていました。

そのため、本当は今後の人生でヨーロッパに行くつもりはなく、アジア圏を中心に旅行や長期滞在をしようと考えていました。
ただ、コロナ禍ではアジア圏に無査証渡航できなかったので渡航可能な国の中からブルガリアを選び、今こうしてブルガリアで生活しているというわけです。何がどうなるか分からないものですね。

私の場合、カナダやフィンランドでもそうでしたが今いるブルガリアでも「自分はアジア人だ」と強く感じます。現地の人々とアジア人の私とでは外見や身長はもとより、食の好みや価値観までも大きく異なるので疎外感を感じることが多いです。

反対に台湾やタイでは本当に落ち着きました。私は現地の人々から現地人扱いされることばかりだったので、恐らく外見もそっち寄りに見えるんだと思います。
「周囲の人々の外見が自分と似ている」という要素があると、自分が意識しなくてもその場所に溶け込んでいることになるので安心感が桁違いですし、アジア人として育った中で身についた暗黙の了解のようなものも分かるので現地の人々と接した際にちょっとしたことに躊躇ったり、違和感を抱いたりということが比較的少なく済みます。

終わりに

Varnaに来てからカルチャーショック期は大分弱まり、今は「ブルガリア」という国を良い面からも悪い面からも少しずつ受け入れ始めています。何でも慣れるものなんですね。

まとめると私の場合はブルガリアでのハネムーン期は3週間しか続かず、その後にショック期がまた3週間ほど続き、現在は徐々に回復期に入っているのかもしれません。もしくは現在進行形で今もショック期なのか。

ブルガリアの次に滞在する予定の国はセルビアです。ただ、7月からタイではワクチン接種済外国人観光客の受け入れを開始すると聞いたので、セルビアで外国人対応可能のワクチンを接種できた場合はその後にタイに行くかもしれません。
ブルガリアに慣れてきたとは言え、自分が心から落ち着けるのはやはりアジアだと感じているので。